人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2016年 04月 18日

 当体義抄文段 十三  迹門には兼帯の濁(にごり)なく、本門には始成の濁無し。故に「清浄」と云うなり


一 法華の法門は清浄(しょうじょう)にして因果()(みょう)なれば

 「法華の法門」は釈本に過ぐるは()し。迹門には兼帯の(にごり)なく、本門には始成の濁なし。故に「清浄」と云うなり。「因果微妙」とは、迹門の境智(ぎょう)()は因微妙なり。三法妙等は果微妙なり。本門の本因(ほんにん)妙は因の微妙なり。本果妙等は果微妙なり。故に「因果微妙」と云うなり。

経に云く「()(じょう)は微妙清浄第一」と云云。「()の乗」は法なり。「微妙」は妙なり。「清浄」は蓮華なり。「第一」は是れ経なり。故に妙法蓮華経なり。  

一 法華三昧(ざんまい)の当体の名

  法華は是れ実智所証の(ごく)()なるが故に、「法華三昧」と云えるか。記の二・七十一の云く「実道の所証を一切(みな)法華三昧と名づく」等云云。  

一 又云く、問う蓮華等

  是の下は三に合説の文を引くなり。  

一 (さだ)めて是れ法蓮華

  義師云く「蓮華及び金光明、両解に通ずと雖も、(ただ)一の譬喩なり」云云。是の義は不可なり。直ちに法体(ほったい)の清浄の因果を蓮華と名づく。即ち是れ当体の蓮華なり。(しか)して水中の()(そう)此の当体の蓮華に似たり。故に水中の華草を蓮華と名づく。即ち是れ譬喩の蓮華なり。何ぞ「(ただ)一の譬喩」と云わんや。  

一 此の釈の(こころ)

 此の下は所引の文を釈す、亦三。初めに(ほん)()無作(むさ)の当体の蓮華を顕すなり。

  問う、何ぞ本有無作と云うや。

  答う、文に云う「()()」と云うは、即ち是れ至極(しごく)(じん)()なり。至極の深理は本来(ほん)()なり。故に無作と云う。妙楽云く「理は(ぞう)()するに非ず、故に天真と()う」とは是れなり。此の「至理」の中に、因果倶時の不思議の一法(これ)有り。是れを名づけて蓮華と為す。(すなわ)ち是れ当体の蓮華なり。  

一 因果(いんが)()()不思議(ふしぎ)の一法(これ)有り等

  是の下は是れ(みょう)玄義なり。

  問う、「因果倶時・不思議の一法」とは、其の体何物ぞや。

  答う、即ち()れ一念の心法なり。故に伝教の釈を引いて「一心の妙法蓮華」と云うなり。当に知るべし、是の一念の心法とは、即ち是れ色心総在(そうざい)の一念なり。妙楽の「総じては一念に在り、別すれば色心を分つ、別を(せっ)して総に入る」等と云うは是れなり。 

問う、「因果倶時」等の相貌(そうみょう)は如何。

  答う、(しばら)く二義を以て之を(しょう)せん。

  一には一往、九因一果に約す。(いわ)く、此の一念の心に十法界を具す。九界を因と為し、仏界を果と為す。十界宛然(おんねん)なりと雖も、而も()()()(ゆう)して一念の心法に在り。故に「因果倶時・不思議の一法」と云うなり。

  二には再往、各具に約す。(しばら)く地獄の因果の如し。悪の境智和合す(とき)は因果有り。(いわ)く、瞋恚(しんに)は是れ悪口(あっく)の因、悪口は是れ瞋恚の果。因果を具すと雖も唯刹那(せつな)に在り。故に「因果倶時・不思議の一法」と云うなり。乃至善の境智和合す(とき)は因果有り。謂く、信心は是れ唱題の因、唱題は是れ信心の果。因果を()すと雖も、(ただ)一念に在り。故に「因果倶時・不思議の一法」と云うなり。是れ仏界の因果なり。略して始終を()ぐ。中間(ちゅうげん)の八界は准説(じゅんせつ)して知るべし。

一 此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を()(そく)して等

  即ち是れ(たい)(げん)()なり。

  天台云く「十如(じゅうにょ)、十界、三千の諸法は今経の正体なり」等云云。是れ一念三千なり

一 之を修行する者は仏因(ぶついん)仏果(ぶっか)・同時に之を得るなり

  即ち是れ(しゅう)(げん)()なり。

(げん)(もん)に云く「宗とは要なり。所謂(いわゆる)仏の自行の因果なり」云云。即ち此の意なり。

  問う、因を修して果を感ず、是れ(つね)の所談なり。今、何ぞ因果を以て(とも)に感得する所に属するや。

  答う、一往の義辺は実に所問の如し。今は再往の義辺に()る。(いわ)く、九界の衆生之を修行して、仏界の因果を同時に之を()。故に「仏因・仏果」と云うなり。「妙因・妙果・()()に感得し給う」の文も、之に准じて知るべし。  

一 聖人(しょうにん)此の法を師と為して等

  此の下は(ゆう)玄義なり。俱時感得を以て妙用を顕すなり。

一 故に伝教大師云く等

此の下は正には本有無作の当体の蓮華を証し、兼ねて合説の文意を示すなり。「妙楽」の下は総譬(そうひ)(べっ)()を助成するなり。  

一 (こっ)(しょ)()(そう)有り等

  此の下は(ちな)みに譬喩の蓮華の意を示すなり。


                      つづく

当体義抄文段 目次  



by johsei1129 | 2016-04-18 22:28 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/25142260
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<<  当体義抄文段 十四  今本因...      Gosho 妙法比丘尼御返事 ... >>