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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 04月 09日

 当体義抄文段 四  当に知るべし、蓮祖は是れ本果妙の仏界なり。興師は是れ本因妙の九界なり。富士山は即ち是れ本国土妙なり。


 凡そ中央の本尊は白蓮華とは、十如是抄に云く「妙法蓮華経の(たい)のいみじくおはしますは何様(いかよう)なる体にておはしますぞと尋ね(いだ)してみれば我が心性の八葉の白蓮華にてありける事なり、されば我が身の体性(たいしょう)を妙法蓮華経とは申しける事なれば」等云云。

蓮祖、白蓮華とは、(せん)の七・五十四に云く「有る人云く、白蓮は日に随って開き(めぐ)(しょう)(れん)は月に随って開き回る。故に諸天の中に花の開合を(もっ)て昼夜を表するなり」等云云。(およ)そ「日蓮」の二字、(あに)日に随って開き回る蓮華に非ずや。()(しか)れば白蓮なること、之を疑うべからず。(いわん)や蓮祖の当体、全く是れ中央の本尊(すなわ)ち是れ白蓮華なり云云。 

興師は、白蓮華とは、興師(すで)白蓮阿闍(びゃくれんあじゃ)()と名づく。名詮(みょうせん)自性(じしょう)の故に、名は必ず体を顕すの徳あり。故に白蓮阿闍梨の御名は、(まさ)に是れ興師の白蓮なるが故なり。故に知んぬ、末法下種の三宝は、即ち是れ我等衆生の胸間(きょうかん)の八葉の白蓮華なり。

(また)(また)大師の王舎(おうしゃ)(じょう)(かん)(じゅん)ずるに、今()の末法下種の三宝の住処たる富士山は、(また)是れ我等衆生の胸間の八葉の白蓮華なり。故に大日蓮華山と名づくるなり。此の名は神道(しんとう)深秘二十六に出ず。神社考四・二十に、富山(ふさん)の縁起を引いて云く「孝安天皇の九十二年六月、富士山()(じゅつ)す。郡名を取って富士山と云う。(かたち)蓮華に似て絶頂に八葉あり」云云。古徳の富山の詩に云く「根は三州に(またが)りて(えん)(じゅ)()い、(みね)は八葉に分れて雪花(せっか)(かさ)なる」云云。雪花は(あに)白色に非ずや。故に知んぬ、大日蓮華山とは即ち是れ八葉の(びゃく)蓮華な

当に知るべし、蓮祖は是れ本果妙の仏界なり。興師は是れ本因(ほんにん)(みょう)の九界なり。富士山は即ち是れ本国土妙なり。若し(しか)らば、種家(しゅけ)の本因・本果・本国土、三妙合論の()一念三千にして、即ち是れ中央の本門の本尊なり。(しか)れば則ち()(しょう)因果(ことごと)く是れ我等衆生の心性の八(よう)の白蓮華、本門の本尊なり。故に()の本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うる人は(すなわ)ち是れ本門寿量の当体の蓮華仏なり。()の二十・三十四、日女御前御返事に云く「此の御本尊全く余所(よそ)に求むる事なかれ・(ただ)我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中(きょうちゅう)の肉団におはしますなり」南無妙法蓮華経等云云。


                     つづく

当体義抄文段 目次



by johsei1129 | 2016-04-09 12:46 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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