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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 04月 04日

法華取要抄文段 四二  正しく逆縁の為には但妙法五字を弘むるなり。而して其の中に信ずる者は順縁と成るなり 


一 我が門弟は順縁なり日本国は逆縁なり

  (まさ)に知るべし、弘通の始めは一国皆逆縁なり。然るに妙法漸々(ぜんぜん)に流布すれば、逆縁漸々に減じて順縁漸々に増すなり。(しか)る後、(つい)には逆縁(すべ)て尽き、一国皆順縁と為るなり。初めに「一閻浮提(みな)謗法と()る」と云うは是れ弘通の始めなり。今「門弟は順縁、日本国は逆縁」と云うは、是れ其の中間(ちゅうげん)なり。下に「一四天・四海一同に妙法」とは是れ()終りなり云云。

  問う、逆縁の為には(ただ)妙法五字に限り、門弟の順縁には一部を用うべきや。

  答う、此の義(しか)らず。弘通の始めは一国皆是れ謗法なり。故に(まさ)しく逆縁の為には但妙法五字を弘むるなり。而して其の中に信ずる者は順縁と成るなり。初心成仏抄に云く「当世の人・何となくとも法華経に(そむ)(とが)に依りて地獄に()ちん事疑なき故に、とてもかくても法華経を()いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は(どっ)()の縁となって仏になるべきなり」云云。此の文の意なり。(いわん)(また)有教無益の時なり。順縁と雖も妙法五字に限るべきなり。

  高橋抄に云く「小乗経・大乗経・並びに法華経は文字はありとも衆生の(やまい)の薬とはなるべからず」云云。

  上野抄三十二に云く「今末法に入りぬれば余経も法華経もせん()なし、(ただ)南無妙法蓮華経なるべし」云云。

  此等の諸文、之を思い合すべし。

一 疑って云く何ぞ広略を捨て(よう)を取るや

  此の下は次に(ただ)要を取る所以(ゆえん)を明かすなり。此の(また)二。初めに(ひろ)く取捨の例を引き、次に「日蓮」の下は(まさ)しく要を取るを明かす、二。初めに正しく明かし、次に「仏既に」の下は結要(けっちょう)付嘱を引いて当世に(かい)()す。  

一 千巻の大論(だいろん)を百巻と成せり

  大論の一百・二十六。  

一 日蓮は広略を捨てて等

  (ひろ)く「捨」の字に三義あり。

  一には廃捨の義。経に「正直捨方便」と云い、妙楽の「捨は()れ廃の別名」と云う等は是れなり。

  二には捨置の義。置いて取らざるを捨と名づくるなり。例せば捨置(しゃち)(とう)の如し。

  三には施捨の義。財物を他に施すを捨と名づくるなり。例せば檀捨(だんしゃ)の如き是れなり。今の文は是れ捨置の義なり。諌迷(かんめい)・十六、金八・十三、中正九・六。  

一 上行(じょうぎょう)菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり

  一義に云く、是れ則ち「如是(にょぜ)我聞(がもん)」の上の妙法蓮華経の五字なり。是れ一部八巻二十八品の肝心なるが故なり。

  一義に云く、本尊の南無妙法蓮華経の所住は、一往(いちおう)は迹中の(りょ)宿(しゃく)に在りと雖も、(つい)には迹中の旅宿を去って久遠本果の本処に(かえ)るなり。故に天台云く「此の妙法蓮華経は本地甚深の奥蔵(おうぞう)なり。三世諸仏の証得したもう所なり」云云。妙楽云く「迹中に説くと雖も、功を(たず)ぬるに在ること有り。故に本地と云う」等云云。

今謂く、当流の意は久遠本果も(なお)是れ旅宿なり。故に(つい)に久遠元初の本因名字の本処に(かえ)るなり。故に本尊の妙法蓮華経は久遠(くおん)本因・名字の妙法なり。是れを「上行菩薩所伝の妙法蓮華経」と云うなり。諸抄の中に「本門寿量の肝心(かんじん)」と判じたもうは是れなり。


                    つづく 

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by johsei1129 | 2016-04-04 21:33 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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