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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 03月 29日

法華取要抄文段 三六  本門の戒壇の本尊、即ち是れ不死の薬なり


 三には正しく王城の鬼門に当る故に。義楚(ぎそ)六帖(ろくじょう)二十一・五 に云く「日本国(また)()(こく)と名づく。東海の中に在り。都城(とじょう)の東北千里に山有り。即ち富士山と名づく」等云云。台家の類聚(るいじゅ)一末五十三に云く「天竺の霊山は王舎(おうしゃ)(じょう)丑寅(うしとら)なり。(しん)(たん)の天台山は(かん)陽宮(ようきゅう)の丑寅なり。日本の比叡山は平安城の丑寅なり。共に鎮護国家の道場なり」云云。
 上野殿御返事
の五・七に云く「仏法の住処(じゅうしょ)・鬼門の(かた)に三国ともにたつなり此等は相承(そうじょう)の法門なるべし」云云。

四に富士は亦蓬莱山(ほうらいさん)と名づくる故に。義楚の六帖に又云く「富士(また)蓬莱と名づく。(じょ)(ふく)(ここ)(とど)まり今に至る。子孫皆(はた)()()う」云云。当に知るべし、蓬莱山は不死の薬の在処なり。当初(そのかみ)、秦王、不死の薬を求む。不死の薬は(ただ)蓬莱(ほうらい)に在り。故に徐福、 五百の童男五百の童女を(ひき)いて(たず)ねて富山に入る。然りと雖も其の時未だ此の薬有らず。故に徐福、本国に帰ること(あた)わず。(つい)に此の処に止まれり。今(いわ)く、是れ徐福の(いつわり)には非ず。後に(まさ)に不死の薬有るべき故に、自然に(あらかじ)め蓬莱山の名を立つる故なり。是れ則ち(れい)(ずい)感通(かんつう)し、嘉名(かみょう)(そう)(りゅう)するなり。今は現に不死の薬有り。蓬莱山の名、豈()(りゅう)すべけんや。  

問う、不死の薬、今何処(いずこ)に在りや。

  答えて云く、本門の戒壇の本尊、(すなわ)是れ不死の薬なり。

  問う、証拠は如何(いかん)

  答う、寿量品に云く「()()良薬(ろうやく)を、今留めて(ここ)()く」等云云。薬王品に重ねて之を説いて云く「此の経は則ち()れ閻浮提の人の病の良薬なり。若し人病有らんに、是の経を聞くことを()ば、病即ち消滅して不老不死ならん」等云云。「是好良薬」とは本門の本尊なり。本門の本尊(あに)不死の薬に非ずや。是の故に、兼ねて其の処を蓬莱山と名づくるなり。(むし)ろ嘉名早立に非ずや。

  五には大日蓮華山と名づくる故に。神道深秘二十六に云く「駿河(するが)の国には大日蓮華山」云云。今之を案ずるに、山の(かたち)八葉の蓮華に似たるが故に(しか)名づくるなり

  神社考四・二十に云く「富士縁起に云く、孝安天皇の九十二年六月、富士山()(じゅつ)す。(すなわ)ち郡名を取って富士山と云う。(かたち)蓮華に似て絶頂に八葉あり」等云云。

  古徳の富士の詩に云く「根は三州に(また)がりて(えん)(じゅ)老い、嶺は八葉に分れて(せっ)()重なる」等云云。即ち此の意なり。日順詮要(せんよう)抄に云く「天台大師は漢土の天台山に於て之を弘通し、彼の山の名を取って天台大師と号す。富士山(また)日蓮山と名づく。最も此の山に於て本門寺を建つべし」等云云。(いわん)(また)此の義は、一致門流も未だ(かつ)之を(あらそ)わず。故に弘経寺の(にち)(ごん)の抄に云く「伝教大師は山門に迹門の戒壇を建立したもうなり。此の(ほか)に本門の戒壇とて有るべきなり。富士門徒は是を(ふとこ)(わき)(ざし)にするなり。駿河国富士山に本門の戒壇立つ可きなり。富士山を天下晴れて大日蓮華山と云うなり」等云云。若し(しか)らば、富士山に於て之を建立すべきこと文理(もんり)明白なり。

  御書外十六・四十一に御相承を引いて云く「日蓮一期(いちご)弘法(ぐほう)白蓮(びゃくれん)阿闍(あじゃ)()日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主()の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、()の戒法と云うは是なり」等云云。


                      つづく
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by johsei1129 | 2016-03-29 21:42 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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