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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 03月 23日

法華取要抄文段 三十  「国」と「教法流布の先後」を以て之を験(こころ)みるに、末法今時は但本門の三大秘法広宣流布の時なり


 第四に国を知るとは、仏教は必ず国に依って(まさ)に弘むべきなり。然るに日本国は、通じて之を論ずれば法華有縁(うえん)の国なり。弥勒(みろく)菩薩の瑜伽論(ゆがろん)及び(じょう)(こう)の法華(ほん)経の後記等の如し。(しばら)く「日本」の名に()るに神道の抄の如し。即ち多意あり。

一には、()始めて此の国に生ずる故に「日の本」と名づくるなり。
 二には日の神の本国なるが故に「日本」と名づく。
 三には(にっ)(しん)始めに生まれた
もうが故に「日の本とす」と名づくるなり。
 四には此の国は日神を(ほん)する王法の国なるが故に「日本」と名づくるなり云云。

 (けだ)し当流の意は、即ち三意有り。

  一には、(しょ)()の法を表して日本と名づくるなり。(いわ)く、日は是れ(のう)()、本は是れ所譬(これ)本門三箇の秘法なり。(ほっ)()並びに挙ぐるが故に「日本」と名づくるなり。経に云く「又日天子の()く諸の闇を除くが如し」と。
 宗祖云く「日蓮云く、日を本門に(たと)うるなり」云云。
 四条抄に云く「名の目出度(めでた)きは日本第一」(取意)とは是れなり。

  二には、(のう)()の人を表して「日本」と名づくるなり。謂く、日蓮の本国なるが故なり。
 諌暁抄に云く「天竺(てんじく)国をば月氏国と申すは仏の出現し給うべき名なり、扶桑(ふそう)(こく)をば日本国と申すあに()聖人出で給わざらむ」云云。此に相伝あり云云。

  三には、本門三()の秘法広宣流布の根本を表して「日本」と名づくるなり。(いわ)く、日は是れ本門寿量品の妙法なり。此の本門寿量の妙法の広宣流布する根本の国なるが故に「日本国」と名づくるなり。遵式(じゅんしき)の云く「始め西より伝う、(なお)月の生ずるが如し。今(また)東より(かえ)る、猶日の昇るが如し」云云。
 宗祖云く「月は西より東へ向
へり月氏の仏法の東へ流るべき(そう)なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相(ずいそう)なり」等云云。(あに)此の国、本門の流布する根本の国なるに非ずや。

  (しか)れば則ち日本国は本因妙の教主日蓮大聖の本国にして、本門三箇の秘法広宣流布の根本の妙国なり。()くの如く知る、之を国を知ると()うなり。

  問う、若し(しか)らば蓮師出世已後(いご)(まさ)に日本国と名づくべきに、何ぞ開闢(かいびゃく)已来(いらい)、日本国と名づくるや。

  答う、是れ(れい)(ずい)感通し、嘉名(かみょう)早立(そうりゅう)する故なり。例せば不害国の名の如し。記の一末に云く「摩訶提(まかだい)(ここ)に不害と云う。劫初(こっしょ)已来、刑殺(けいさつ)無き故に。阿闍(あじゃ)()に至り、指を()って刑と為す。(のち)、自ら指を()むに痛し。(また)()の刑を()む。仏(まさ)に其の地に生ずべき故に吉兆(きっちょう)(あらかじ)(あらわ)る。所以(ゆえ)に先より不害の名を置けり」等云云。

  今(また)()くの如し。蓮祖(まさ)此の国に生まれて本門深秘の大法を弘通したもうべきに故に吉兆預め彰る。所以(ゆえ)に先より日本国の名を置けるなり。彼此(ひし)異なりと雖も其の(おもむき)は是れに同じ。(あに)信ぜざるべけんや。 

  第五に教法流布(るふ)の前後を知るとは、正法の初めの五百年は小乗流布の時なり。後の五百年は(ごん)大乗、次に像法一千年は法華経の(こう)(りゃく)二門流布の時なり。故に迦葉・阿難は小乗教を弘宣(ぐせん)し、竜樹・天親等は権大乗を弘通す。像法に至っては則ち天台・伝教等、法華経の(こう)(りゃく)二門を弘通す。故に末法に入っては応に(ただ)文底秘沈の要法を弘宣すべきなり。

  太田抄二十五・十八に云く「迦葉・阿難は一向に小乗経を弘通して大乗経を()べず、竜樹・無著(むじゃく)等は権大乗経を申べて一乗経を弘通せず乃至南岳(なんがく)天台(てんだい)等は観音(かんのん)(やく)(おう)等の化身と()て小大・権実・迹本二門・()(どう)の始終・師弟の遠近(おんごん)(ことごと)く之を()べ其の上に()(こん)(とう)の三説を立てて一代超過の由を判ぜること乃至(しか)りと雖も広略を以て本と為して未だ肝要に(あた)わず・自身之を存すと雖も()えて他伝に及ばず」等云云。

  既に像法に於て、広略二門(これ)を弘通す。故に知んぬ。今末法に於ては応に(ただ)要法を弘通すべきなり。()くの如く知る、之を教法流布の前後を知ると()うなり。

  若し(しか)らば、宗教の五箇を以て之を(こころ)みるに、末法今時は(ただ)()本門の三大秘法広宣流布の時なり。


                    つづく

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by johsei1129 | 2016-03-23 22:24 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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