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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 29日

富士郡賀島在住の六郎次郎等の度々のご供養を見宝塔品第十一の偈「我則歓喜諸仏亦然」を引いて称えられた【六郎次郎殿御 返事】

【六郎次郎殿御返事】
■出筆時期:建治三年(1277年)三月十九日  五十六歳御作。
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は駿河・富士郡賀島に在住していた高橋六郎兵衛入道(妻は日興上人の叔母)の弟・六郎次郎と、同じ賀島在住の次郎兵衛殿から白米三斗、油一筒を供養されたことへの返書となっております。大聖人は「いまにはじめぬ御心ざし申しつくしがたく候」と記され六郎次郎等が度々ご供養されていることを示されるとともに法華経見宝塔品第十一の偈「我則歓喜諸仏亦然」を引いてその志を称えられておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

【六郎次郎殿御返事 本文】

白米三斗油一筩(ひとつつ)給ひ畢んぬ。いまにはじめぬ御心ざし申しつくしがたく候日蓮が悦び候のみならず釈迦仏定めて御悦び候らん、我則歓喜諸仏亦然は是なり。
明日(あす)三位房をつかはすべく候、その時委細申すべく候、恐恐。

建治三年丁丑(ひのとうし)三月十九日                日 蓮 花 押
六郎次郎殿
次郎兵衛殿


 【妙法蓮華経 見宝塔品第十一】

  [原文]
 従始至今 広説諸経 而於其中 此経第一
 若有能持 則持仏身 諸善男子 於我滅後
 誰能受持 読誦此経 今於仏前 自説誓言
 此経難持 若暫持者 我即歓喜 諸仏亦然
 如是之人 諸仏所歎 是則勇猛 是則精進
 是名持戒 行頭陀者 則為疾得 無上仏道
 能於来世 読持此経 是真仏子 住淳善地
 仏滅度後 能解其義 是諸天人 世間之眼
 於恐畏世 能須臾説 一切天人 皆応供養

 [訓訳]
 始より今に至るまで、広く諸の経を説けるも、而して其の中に於いて此の経(法華経)が第一である。
 若し能く(この経を)持する者有らば、則ち仏身を持するなり。諸の善男子よ、我(釈尊)が滅後に於いて
 誰が能く此の経を受持し読誦するか、今、仏前に於いて自から誓いの言を説くや。
 此の経は持すること難し。若し暫らくも持する者は、我即ち歓喜し、諸仏も亦た然るなり。
 是の如くの人は、諸仏の歎ずる所なり。是れ則ち勇猛にして是れ則ち精進なり。
 是、戒を持し頭陀(ずだ)を行ずる者と名づくなり。則ちこれ疾(と)く、無上の仏道を得るなり。
 来世に於いて能く此の経を読み持するなら、是れ真の仏子にして淳善の地に住めるなり。
 仏、滅度の後に、能く其の義を解せば、是れ諸の天・人の世間の眼なり。
 恐畏の世に於いて、能く須臾も(法華経を)説けば、一切の天・人は皆、(この人への)供養に応ずるなり。







by johsei1129 | 2019-10-29 21:33 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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