一 上は過去の事を説くに似たる様なれども等文。
「過去の事」とは釈尊久遠五百塵点劫の昔、本因妙の修行に由って本果の成道を唱うると云う事なり。「滅後を以て本と為す、先ず先例を引くなり」とは、滅後末法の衆生、本因妙の修行に由って本覚無作の成道を唱えんこと、例せば釈尊の如し等云云。
一 神力品に云く等文。
若し天台の意は、十神力を以て在滅に分配す。若し蓮祖の意は、十神力通じて滅後末法の為とす。此の文に豈分明に非ずや。
一 能く是の経を持たん文。
「是の経」とは、即ち是れ是好良薬の南無妙法蓮華経、本門の本尊なり。
一 広宣流布文。
顕仏未来記に云く「本門の本尊・妙法蓮華経の五字を以て閻浮提に広宣流布せしめんか」等云云。
十三日
一 又云く、此の経は則ち為れ等文。
「此の経」とは寿量品の肝要、名体宗用教の南無妙法蓮華経なり。「病」とは即ち謗法なり。下に云う「法華経を謗ずるが第一の重病なり」とは是れなり。故に文意に云く、是好良薬の妙法は、能く謗法の病を治するの良薬なり云云。
一 涅槃経に云く、譬えば七子の如し等文。
会疏十八・三に云々。
一 第一第二は一闡提謗法の衆生文。
太田抄の「第七の病子は一闡提の人・五逆謗法の者・末代悪世の日本国の一切衆生」とは、是れ古師に准ずる義なり。当抄の意は、恒沙七種の衆生の義に准じ、以て今の文を釈する故なり。
つづく
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