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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 03月 13日

総じて法然が一類八十余人、一人も臨終よきものとてなし、と断じた【念仏者臨終現悪相御書】

【念仏者臨終現悪相御書】
■出筆時期:文永三年(1266) 四十五歳御作。
■出筆場所:安房国 花房蓮華寺と思われます。
■出筆の経緯:本抄は真筆の断簡が伝えられておりますが、前後の文が不明のため対告衆、著作年月日等の詳細は不明です。本文の内容は弟子・信徒教化のための念仏の破析が主題で、大聖人は「総じて法然が一類八十余人、一人も臨終よきものとてなし」と断じられておられます。
■ご真筆:富士宮市 西山本門寺(断簡)所蔵。
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【念仏者臨終現悪相御書 本文】

文はとかれたれども、実には諸行は往生せずと料簡したりけり。この二義世間にひろまりけるほどに、法華経等は一部八巻よむもよだけし。
真言の観念は大事なり。一念は但南無阿弥陀仏と申せばやすし。させる功労をも入らざる故に、在家の諸人は一向称名念仏になりぬ。自然に法然が義つをりて多勢になるほどに、をゝぜいにをとされて、法華経・真言等を行じつる人々も、自義をすてゝ法然が義をならいまねび、心よせにをもい、久修聖行の法華経等をすてゝ三万六万等の念仏者になりぬ。

結句はことに天台真言の人々、法華経をすてゝ念仏になる証人となれるなり。ここに第一の不思議あり。法然が一類の一向の念仏者法然・隆観・上光・善恵・南無・薩生等或は七日・二七日、無記にて死ぬ者もあり、或は悪瘡、或は血をはき、或は遍身にあつきあせをながし、総じて法然が一類八十余人、一人も臨終よきものとてなし。又一向専修の念仏者をもちうる在 





by johsei1129 | 2016-03-13 20:16 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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