日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 03月 01日

法華取要抄文段 六 諸宗の族は、縦い兎を得るも仍株を守り、縦い月を見るも仍扇に執す。豈愚人に非ずや

一 倶舎(くしゃ)宗等

  倶舎論に()って宗を立て、(じょう)(じつ)論に依って宗を立て、戒律に依って宗を立つ、故に(しか)()うなり。

「華厳経・法華経等は仏説に(あら)ず外道の経なり」とは、北本涅槃経二十六・二十九に云く「『諸仏菩薩は三乗を説く。而も是の経の中には(もっぱ)ら一乗を説く。(いわ)く、大涅槃なり。()くの如きの言は、()(かん)()れ仏の正典に当らん。諸仏は畢竟(ひっきょう)して涅槃に入りたもう。是の経には仏は(じょう)(らく)()(じょう)にして、涅槃に入りたまわずと言う。是の経は十二部の数に在らず、即ち是れ魔の説なり。是れ仏説に非ず』と。善男子、()くの如きの人は我が弟子と雖も、是の涅槃経を信順すること(あた)わず」等云云。即ち此の文に(あた)る故なり。 

一 (あるい)は云く或は云く

  興師真筆の取要抄には但「或は云く、(しか)るに彼れ彼れ」云云。故に知んぬ、一箇の「或云」の二字は(じょう)り。此の「或は云く」等とは慈覚・智証の義なるべし。  

一 ()(じゅん)ー註の三・三十九、智儼(ちごん)ー同じ、法蔵(ほうぞう)ー註の四・十五、(ちょう)(かん)ー註の三・四十二、統紀の三十・九。此の四師は即ち華厳宗の祖師(そし)なり。

 玄奘(げんじょう)ー註の二四十、()(おん)ー同じ、法相の祖なり。

  ()(じょう)ー註五・二十一、(どう)(ろう)ー註十・十二、啓蒙二十・三。三論の祖なり。

善無畏(ぜんむい)金剛(こんごう)()ー註三・四十一、不空(ふくう)ー統紀三十・十七、道宣(どうせん)ー統紀三十・二十三、(がん)(しん)ー釈書一・十四、曇鸞(どんらん)ー註六・五十一、道綽(どうしゃく)ー註四・二十一、善導(ぜんどう)ー同じ。達磨(だるま)慧可(えか)ー統紀三十初。  

一 智は日月に(ひとし)

  安国論の朝抄第三・三に論語・無量義・(こんぺい)を引くなり。  

一 各各(おのおの)に経律論に依り等

  宗々の所依の経律論は(さき)之を示すが如し。

更互(たがい)に証拠有り」とは各々依経第一の文、(また)前に之を引くが如し。  

一 王臣国を傾け土民之を(あお)

  (まさ)に「王臣(こうべ)を傾け」に作るべし云云。  

一 (しか)りと雖も宝山に(きた)り登って等

 此の下は今家の正判(しょうはん)三。初めに正しく勝劣浅深を明かし、次に証明の有無を明かし、三に対告(たいごう)の尊卑を明かす。  

一 或は旧訳(くやく)の経論を見て等

  華厳宗の如きは新訳の密厳経を見ざるなり。彼の経には十地・華厳・(しょう)(まん)等を(つら)ね、密厳経を以て一切経中の勝と結するなり。彼の経は()()伽羅(から)三蔵、唐代に(これ)を訳す、故に新訳なり。啓蒙の義は不審なり。  

一 或は自宗の(ごく)に執著して()()に随い

  是れ実経の文を()して権経の義に従う等なり。  

一 (くい)()に驚き騒ぎて等

  本処は註の所引の如し。「(えん)(せん)」も(また)註の中の如し。止観に、扇と云うは即ち団扇(うちわ)の事なりと。此の文より去って「智人なり」に至るまでは、先ず取捨(しゅしゃ)を論ずべきの道理を立つるなり。今文の意に云く、(くいぜ)に驚いて(うさぎ)を求め、扇に依って月を見る。()し求めて兎を得ば則ち(まさ)に株を捨てて兎を取るべし。若し月を見ることを得ば則ち(まさ)に扇を捨てて月を見るべし。此れは是れ智人なり。故に今、末師(まっし)の株・扇を捨てて専ら本経の兎・月を取るなり。(しか)るに諸宗の(やから)は、(たと)い兎を得るも(なお)株を守り、縦い月を見るも(なお)扇に執す。(あに)愚人に非ずや。  

一 ()(こん)(とう)の三字最も第一なり

  文の八・十四に云云。今の法華は已今当の外に在り、故に三説超過(ちょうか)云うなり。

一 或は相似(そうじ)の経文に任せ

  (ただ)相似の経文に任せて権実の起尽(きじん)を知らず、(あお)いで依経の文を信ずるのみ。是れ内心より(まこと)に依経第一と執するなり。「或は本師の邪会(じゃえ)に執し」とは、是れは内心には之を疑うと雖も、本師の曲会(きょくえ)を執して依経第一と思うなり。

「或は王臣等の帰依を恐る」等とは、是れ内心には(まこと)に法華第一と知ると雖も、彼等は王臣帰依の宗なるが故に、恐れて(ことば)之を(いだ)さざるなり。


                     つづく
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by johsei1129 | 2016-03-01 21:41 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)


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