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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 02月 19日

法華経題目抄 文段十九  本門は日の如く、迹門は月の如し

 十 三 日

一 (たと)えば大地の上等

  此の(たとえ)は大論四・三十五の文に依るなり。此の下は日月に()って眼を開く義に寄せて釈す、亦二。初めに(たとえ)、次に「爾前経」の下は(がっ)()。初めの譬に亦二。初めに爾前に譬え、次に「日月・()で給いて」の下は法華に譬うるなり。

一 人畜(にんちく)・草木等

  是れ法体(ほったい)の本妙に譬うるなり。

日月(にちがつ)の光なければ」とは、爾前の間は衆生の眼を閉じて、法体の本妙を見せしめざるに譬うるなり。次に「日月・()で給いて」等とは、法華の時は衆生の眼を開いて、法体の本妙を見せしむるに譬うるなり。  

一 爾前の諸経は長夜(じょうや)(やみ)の如く

  「闇」に二失あり。一には世人の眼を閉ずるの(とが)、二には人畜等の色形(しきぎょう)を見せしめざるの失なり。今()ず総じて爾前の諸経を以て長夜の闇に(がっ)し「(もろもろ)の菩薩」の下に於て(まさ)に二失に合するなり。

  問う、薬王品得意抄に「()(ぜん)は星の如く」云云。

  答う、「長夜の闇」と云うと雖も(あに)星の光無からんや。(けだ)其れ星の光は有りと雖も無きが如し。故に「長夜の闇」と云うなり。(いわん)(また)譬を用うること、便(びん)に随って同じからざるをや。

一 本迹(ほんじゃく)二門は日月の如し

  「日月」に二徳あり。一には世人の眼を開くの徳。二には人畜(にんちく)等の色形を見せしむるの徳なり。今は()ず総じて法華経を以て日月に合し「中程に」の下に於て(まさ)に二徳に合するなり。

当に知るべし、当抄は佐渡()(ぜん)(ごん)(じつ)相対なり。故に(いま)分明(ふんみょう)に本迹の相を判ぜず。然りと雖も(また)二門を混合せず。故に「本迹二門は日月の如し」と云うなり。(いわ)く、本門は日の如く、迹門は月の如し。(すなわ)ち薬王品得意抄等に同ずるなり。

  問う、啓蒙に此の文を(しょう)して云く「本迹(とも)(あるい)は日の如く、或は月の如し。故に『本迹二門は日月の如し』と云うなり。(すで)に玄の第一に『(まど)かなること月の如く、照らすこと日の如し。法華も亦(しか)なり』と云う。此の文の日月は(おのおの)本迹に(わた)る。今文も亦(しか)なり」云云。此の義は如何(いかん)

  答う、彼の所引の文は(げん)()の第一・二十二紙の表の文なり。(れん)()秀句十勝抄二十四・十一に同じく玄義第一・二十二紙の裏の文を引いて云く「又日は()く星月を(てら)し奪って現ぜざらしむ。故に法華は迹を(はら)い、方便を除く。故に日蓮云く、迹門を月に(たと)え本門を日に譬うるか」已上。誰か蓮祖の明判(みょうはん)()てて日講が僻見(びゃっけん)を用うべきや。(いわん)や当抄の次下(つぎしも)に云く「迹門の(げつ)(りん)」等云云。


                   つづく
 
目次



by johsei1129 | 2016-02-19 22:09 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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