日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 02月 13日

法華経題目抄 文段十三  唱題妙能の四悉檀(ししつだん)を説く 

一 (さい)(いき)(つの)を等

  註に()()等を引くが如し。

一 栴檀(せんだん)の一葉等

  (また)註に観仏三昧経を引くが如し。

一 我等が悪業(あくごう)

  ()(つぶさ)(たとえ)を合せば、(ただ)唱題の妙用に依って我等が悪業を遠離すること「(さい)(いき)(つの)」を身に帯して水に入れば、水五尺、身に近づかざるが如し。但唱題の妙用に依って我等が悪業の変じて菩薩の善因と成ること、栴檀(せんだん)の一葉開きぬれば四十()(じゅん)()(らん)変じて牛頭(ごず)栴檀の上妙の香と成るが如し。水に心無く、伊蘭に心無しと(いえど)(おのずか)ら身に近づかず、自ら臭悪を変ずること、但犀角(さいかく)と栴檀との妙用に由るが如し。我等に「させる(さとり)なくとも」南無妙法蓮華経と唱えなば(あに)悪業を遠離(おんり)し、悪業を変ぜざらんや。既に悪業を遠離し、及び悪を変じて善と成す。豈善悪差別に非ずや。故に是れ世界なり。

一 金剛(こんごう)堅固(けんご)

  註に諸文を引くが如し。

一 一切(いっさい)の物に破られず

  我等が悪業堅固なれば、権経の力用(りきゆう)の破る(あた)わざるに(たと)うるなり。

一 羊の角と亀の甲

  現本の「(さい)」の字は伝写の(あやまり)なり。(まさ)に「羊」の字に作るべし。「亀の甲」は法華経の信心なり。「羊の角」は法華経の題目なり。  

一 尼倶類(にくる)(じゅ)

  罪福報応経に云く「尼倶類樹は其の高さ二十里、枝は方円に()き、六十里を(おお)う」云云。(けだ)し大論第八には「樹(かげ)、五百乗の車を覆う」云云。当に知るべし、二十里は即ち百二十町なり。富士山の如きも、直立は(ただ)是れ二十五町なり。今(つらつら)之を(かんが)うるに、此の樹の高さ富士山に五倍せり。学者(まさ)に恥ずべし、我等が貪欲(とんよく)の高きこと、(なお)之に過ぎたり。故に古歌に云く「十悪の立ち(なら)びたる其の中に 貪欲(ほど)長高(せいたか)も無し」云云。此の貪欲を本と為して瞋恚(しんに)愚癡(ぐち)・殺盗等の無量の悪業を生じ、五道・六道に(りん)()す。(なお)()の樹の無量の枝葉を生じて、五百乗・六十里を(おお)うが如し云云。

一 大鳥にも枝おれざれども

  我等が悪業広大なれば、権経の力用の断ずること(あた)わざるに譬うるなり。

一 鷦鷯(しょうりょう)(ちょう)に枝を折らる

  (つぶさ)には註及び啓蒙の中に是れを評するが如し。

一 我等が悪業(あくごう)

  我等が悪業堅固にして広大なること、(こん)・樹の如し。(しか)りと雖も唱題の妙能の之を折破すること羊角・鷦鷯(しょうりょう)の如し。而して金・樹に心無し、何ぞ必ずしも()()()らんや。自然の妙用、仰いで信ずべきのみ。此の文、対治なること(きょう)(ざい)目前(もくぜん)なり。

一 琥珀(こはく)(ちり)をとり等

  註及び啓蒙(けいもう)の中の如し。

一 我等が悪業は(ちり)と鉄との如く等

  唱題の妙用、既に()く我等が悪業の塵・鉄を吸い取る。亦(まさ)(すべから)く清浄の妙理を(あらわ)すべし。故に第一義に配するなり。

唱題の妙能、既に()くの如しと雖も、(なお)謗法の罪を吸い取らざるか。三国志に云く「琥珀(こはく)()(かい)を吸わず、磁石は(きょく)(しん)を受けず」云云。


                 つづく
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by johsei1129 | 2016-02-13 11:14 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)


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