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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 02月 12日

法華経題目抄文段 十二  「仏、四法を以て遍く衆生に施す、故に悉檀(しつだん)と云う」

   
   八 月 七 日

一 (たと)えば蓮華等

  此の下は次に重ねて唱題の妙用(みょうゆう)を顕す、亦二。初めに(まさ)しく明かし、次に「法華経の第一の巻」の下は法の希有(けう)なることを(たん)ず。初めの正しく明かすに亦四。第一に蓮蕉(れんしょう)(そう)、第二に(かく)(だん)一双、第三に金樹一双、第四に琥磁(こじ)一双。(けだ)し文相の(おもて)は四双八句、並びに無解(むげ)有信(うしん)に唱題せば自然(じねん)に此の功徳を得るに譬うるなり。(けだ)し文底の意は(おのずか)ら四(しつ)を含むなり。()(しか)らずんば、何ぞ必ずしも四双に約せんや。故に四悉に約して其の意を(しょう)すべきなり。

  (しつ)(だん)の名義は胡漢(こかん)兼称なり。玄文の第一・三十一に云く「(しつ)は是れ(ここ)の語、檀は是れ()の語、悉の言は(へん)なり。檀は(ほん)じて施と為す。仏、四法を以て(あまね)く衆生に施す、故に悉檀と云う」文。

第一に世界、亦三意を含む。(いわ)く、(ぎょう)(よく)・開隔・歓喜なり。仏、衆生の楽欲に随って正因縁生(きゃく)(べつ)の法を説いて歓喜を生ぜしむるなり。生善・滅悪は為人(いにん)対治(たいじ)なり。実相の妙理に入らしむるは即ち是れ第一義なり。(たと)えば病人の楽欲に随って、下医を(えら)んで上医の薬を与え、歓喜を生ぜしむるが如し。即ち是れ世界なり。随いて快気を得、随いて病を治するは、是れ為人・対治なり。病(ことごと)(じょ)()して元復し、(もと)の如くなるは即ち是れ第一義なり。此れは是れ如来利物(りもつ)の相なり。(けだ)し今文の意は、無解(むげ)有信(うしん)の唱題(おのずか)ら四悉の益を得るなり。(いわ)く、第一は為人、第二は世界、第三は対治、第四は第一義なり。  

一 蓮華は日に従って(めぐ)る等

  文の意は日に従って開き回るなり。涅槃(ねはん)経九・二十二に云く「譬えば蓮華の如き、日に照らさるる所となれば開敷(かいふ)せざること無し。一切衆生も(また)(また)()くの如し。()発心(ほっしん)の者も皆(ことごと)く発心して菩薩の因となる」文。菩薩は是れ(このみ)、因は是れ(はな)なり。賢愚(けんぐ)経に云く「譬えば蓮華の日を見て則便(すなわち)開敷するが如し」文。玄文第七に云く「日に随って開き(めぐ)る」云云。故に知んぬ、日に従って開きるの義なり。  

一 芭蕉(ばしょう)(いかずち)によりて増長す

  涅槃経三十二の文、註に引く所の如し。補註(ふちゅう)十四・十四。  

一 我等は蓮華と芭蕉との如く

  ()(つぶさ)(たとえ)に合せば、(ただ)唱題の妙用に依って我等が菩薩心の(はな)開け、功徳の妙香の果上に(めぐ)ることは、譬えば蓮華の日に従って開き回るが如し。(ただ)唱題の妙用に()って我等が善根の増長するは、譬えば芭蕉の(いかずち)に依って増長するが如し。(はちす)に心無く、芭蕉に心無しと雖も、自然(じねん)に開き回り、自然に増長することは、(ただ)日輪と雷声との妙用に()るが如し。我等に「させる(さと)りなくとも」南無妙法蓮華経と唱えば、(あに)此の功徳を得ざるべけんや云云。既に菩提の善根の増長に約す、(むし)為人(いにん)に非ずや。


                        つづく
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by johsei1129 | 2016-02-12 22:07 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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