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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 08月 31日

日本一洲は印度震旦には似ず一向純円の機なり、恐くは霊山八年の機の如し、と説いた【当世念仏者無 間地獄事】

【当世念仏者無間地獄事】
■出筆時期:文永元年(1264)九月二十二日。四十三歳御作
■出筆場所:安房の蓮華寺にて。
■出筆の経緯:文永元年の秋、大聖人は御母の病気見舞いのため故郷安房に帰られます。
 本書はその時期に布教の拠点としていた安房の蓮華寺で浄円房に対して認められておられます。浄円房については『清澄寺大衆中』で「安房の国東条の郷清澄寺道善の房持仏堂の南面にして浄円房と申す者並びに少少の大衆にこれを申しはじめて」と記されており、清澄寺と関連の深い蓮華寺の住僧と思われます。

大聖人は本書後段で「日本国に於ては外道も無く小乗の機も無く唯大乗の機のみ有り、大乗に於ても法華よりの外の機無し<中略>日本一洲は印度震旦には似ず一向純円の機なり、恐くは霊山八年の機の如し、之を以て之を思うに浄土の三師は震旦・権大乗の機に超えじ、法然に於ては純円の機・純円の教・純円の国を知らず」と断じ、浄土宗の開祖法然は、純円つまり法華経の機・教・国を知らない僧であると看破しております。
■ご真筆:現存しておりません。

【当世念仏者無間地獄事 本文】
安房の国・長狭郡・東条花房の郷蓮華寺に於て浄円房に対して日蓮阿闍梨之を註るす、文永元年甲子九月二十二日。

問うて曰く当世の念仏者・無間地獄と云う事其の故如何、答えて云く法然の選択に就いて云うなり、問うて云く其の選択の意如何、答えて曰く後鳥羽院の治天下・建仁年中に日本国に一の彗星出でたり、名けて源空法然と曰う、選択一巻を記して六十余紙に及べり、科段を十六に分つ第一段の意は道綽禅師の安楽集に依つて聖道浄土の名目を立つ、其の聖道門とは浄土の三部経等を除いて自余の大小乗の一切経殊には朝家帰依の大日経・法華経・仁王経・金光明経等の顕密の諸大乗経の名目阿弥陀仏より已外の諸仏・菩薩・朝家御帰依の真言等の八宗の名目之を挙げて聖道門と名く、此の諸経諸仏諸宗は正像の機に値うと雖も末法に入つて之を行ぜん者は一人も生死を離る可からずと云云、又曇鸞法師の往生論註に依つて難易の二行を立つ第二段の意は善導和尚の五部九巻の書に依つて正雑二行を立つ、其の雑行とは道綽の聖道門の料簡の如し、又此の雑行は末法に入つては往生を得る者の千中に一も無きなり、下の十四段には或は聖道・難行・雑行をば小善根・随他意・有上功徳等と名け念仏等を以ては大善根・随自意・無上功徳等と名けて、念仏に対して末代の凡夫此れを捨てよ此の門を閉じよ之を閣(さしお)けよ之を抛(なげう)てよ等の四字を以て之を制止す、而て日本国中の無智の道俗を始めて大風に草木の従うが如く皆此の義に随つて忽に法華真言等に随喜の意を止め建立の思を廃す、而る間人毎に平形の念珠を以て弥陀の名号を唱え或は毎日三万遍・六万遍・十万遍・四十八万遍・百万遍等唱る間又他の善根も無く念仏堂を造ること稲麻竹葦(とうまちくい)の如く、結句は法華真言等の智者とおぼしき人人も皆或は帰依を受けんが為に或は往生極楽の為に皆本宗を捨てて念仏者と成り或は本宗にして念仏の法門を仰げるなり。

今云く日本国中の四衆の人人は形は異り替ると雖も意根は皆一法を行じて悉く西方の往生を期す、仏法繁昌の国と見えたる処に一の大なる疑を発する事は念仏宗の亀鏡と仰ぐ可き智者達・念仏宗の大檀那と為る大名・小名並びに有徳の者多分は臨終思う如くならざるの由之を聞き之を見る、而るに善導和尚・十即十生と定め十遍乃至一生の間・念仏者は一人も漏れず往生を遂ぐ可しと見えたり人の臨終と善導の釈とは水火なり。

爰に念仏者会して云く往生に四つ有り、一には意念往生・般舟三昧経に出でたり、二には正念往生・阿弥陀経に出でたり、三には無記往生・群疑論に出でたり、四には狂乱往生・観経の下品下生に出でたり、詰つて曰く此の中の意・正の二は且く之を置く無記往生は何れの経論に依つて懐感禅師・之を書けるや、経論に之無くば信用取り難し、第四の狂乱往生とは引証は観経の下品下生の文なり、第一に悪人臨終の時妙法を覚れる善知識に値つて覚る所の諸法実相を説かしめて之を聞く者正念存し難く十悪・五逆・具諸不善の苦に逼(せ)め被(ら)れて覚ることを得ざれば善知識実相の初門と為る故に称名して阿弥陀仏を念ぜよと云うに音を揚げて唱え了んぬ、此れは苦痛に堪え難くして正念を失う狂乱の者に非るか、狂乱の者争か十念を唱う可き、例せば正念往生の所摂なり全く狂乱の往生には例す可からず、而るに汝等が本師と仰ぐ所の善導和尚は此の文を受けて転教口称とは云えども狂乱往生とは云わず、其の上汝等が昼夜十二時に祈る所の願文に云く願くは弟子等命終の時に臨んで心顛倒せず心錯乱せず心失念せず身心諸の苦痛無く身心快楽禅定に入るが如し等云云、此の中に錯乱とは狂乱か而るに十悪五逆を作らざる当世の念仏の上人達並に大檀那等の臨終の悪瘡等の諸の悪重病並に臨終の狂乱は意を得ざる事なり、

而るに善導和尚の十即十生と定め又定得往生等の釈の如きは疑無きの処に十人に九人往生すと雖も一人往生せざれば猶不審発る可し、何に況や念仏宗の長者為る善慧・隆観・聖光・薩生・南無・真光等・皆悪瘡等の重病を受けて臨終に狂乱して死するの由之を聞き又之を知る、其の已下の念仏者の臨終の狂乱其の数を知らず、善導和尚の定むる所の十即十生は闕(か)けて嫌える所の千中無一と成んぬ、千中無一と定められし法華・真言の行者は粗ぼ臨終の正念なる由之を聞けり、念仏の法門に於ては正像末の中には末法に殊に流布す可し、利根・鈍根・善人・悪人・持戒破戒等の中には鈍根・悪人・破戒等殊に往生す可しと見えたり、故に道綽禅師は唯有浄土一門と書かれ、善導和尚は十即十生と定め往生要集には濁世末代の目足と云えり、念仏は時機已に叶えり行ぜん者空しかる可からざるの処に是くの如きの相違は大なる疑なり、若し之に依つて本願を疑わば仏説を疑うに成んぬ進退惟谷(これきわま)れり此の疑を以て念仏宗の先達並びに聖道の先達に之を尋るに一人として答うる人之れ無し、

念仏者救うて云く、汝は法然上人の捨閉閣抛の四字を謗法と過むるか汝が小智の及ばざる所なり、故に上人此の四字を私に之を書くと思えるか、源(もと)曇鸞・道綽・善導の三師の釈より之を出したり、三師の釈又私に非ず、源浄土の三部経・竜樹菩薩の十住毘婆沙論より出ず、雙観経の上巻に云く設い我仏を得乃至十念等と云云、第十九の願に云く設い我仏を得て諸の功徳を修め菩提心を発す等と云云、下巻に云く乃至一念等と云云、第十八の願成就の文なり、又下巻に云く「其の上輩者○一向専念・其中輩者○一向専念・其下輩者○一向専念」と云云、

此れは十九願成就の文なり、観無量寿経に云く「仏阿難に告ぐ汝好く是の語を持て是の語を持つ者は即ち是れ無量寿仏の名を持つ」等と云云、阿弥陀経に云く小善根を以てす可からず乃至一日七日等と云云、先ず雙観経の意は念仏往生・諸行往生と説けども一向専念と云つて諸行往生を捨て了んぬ、故に弥勒の付属には一向に念仏を付属し了んぬ、観無量寿経の十六観も上の十五の観は諸行往生、下輩一観の三品は念仏往生なり、仏・阿難尊者に念仏を付属するは諸行を捨つる意なり、阿弥陀経には雙観経の諸行・観無量寿経の前十五観を束ねて小善根と名け往生を得ざるの法と定め畢んぬ、雙観経の念仏をば無上功徳と名けて弥勒に付属し、観経念仏をば芬陀利華(ふんだりけ)と名けて阿難に付属し、阿弥陀経の念仏をば大善根と名けて舎利弗に付属す、終の付属は一経の肝心を付属するなり又一経の名を付属するなり、三部経には諸の善根多しと雖も其の中に念仏最なり、故に題目には無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経等と云えり、釈摩訶衍論(まかえんろん)・法華論等の論を以て之れを勘うるに一切経の初には必ず南無の二字有り、梵本を以て之を言わば三部経の題目には南無之れ有り、雙観経の修諸の二字に念仏より外の八万聖教残る可からず、

観無量寿経の三福九品等の読誦大乗の一句に一切経残る可からず、阿弥陀経の念仏の大善根に対する小善根の語に法華経等漏る可きや、総じて浄土の三部経の意は行者の意楽に随わんが為に暫く諸行を挙ぐと雖も、再び念仏に対する時は諸行の門を閉じて捨閉閣抛(しゃへいかくほう)する事顕然なり、例せば法華経を説かんが為に無量義経を説くの時に四十余年の経を捨てて法華の門を開くが如し、

竜樹菩薩十住毘婆沙論を造つて一代聖教を難易の二道に分てり、難行道とは三部経の外の諸行なり易行道とは念仏なり、経論此くの如く分明なりと雖も震旦の人師此の義を知らず唯善導一師のみ此の義を発得せり、所以に雙観経の三輩を観念法門に書いて云く「一切衆生・根性不同にして上中下有り其の根性に随つて仏皆無量寿仏の名を専念することを勧む」等云云、此の文の意は発菩提心・修諸功徳等の諸行は他力本願の念仏に値わざりし以前に修する事よと有りけるを忽に之を捨てよと云うとも行者用ゆ可からず故に暫く諸行を許すなり、実には念仏を離れて諸行を以て往生を遂ぐる者之無しと書きしなり、観無量寿経の仏告阿難等の文を善導の疏の四に之れを受けて曰く「上来に定散両門を説くと雖も仏の本願に望めば意衆生の一向に専ら阿弥陀の名を称するに在り」云云、定散とは八万の権実・顕密の諸経を尽して之を摂して念仏に対して之れを捨つるなり、善導の法事讃に阿弥陀経の大小善根の故を釈して云く「極楽は無為涅槃界なり随縁の雑善恐らくは生じ難し故に如来要法を選んで教えて弥陀専修を念ぜしむ」等と云云、諸師の中に三部経の意を得たる人は但導一人のみ、如来の三部経に於ては是くの如く有れども正法像法の時は根機猶利根の故に諸行往生の機も之有りけるか。

然るに機根衰えて末法と成る間・諸行の機漸く失い念仏の機と成れり、更に阿弥陀如来・善導和尚と生れて震旦に此の義を顕し、和尚日本に生れて初は叡山に入つて修行し後には叡山を出でて一向に専修念仏して三部経の意を顕し給いしなり、汝捨閉閣抛の四字を謗法と咎むる事未だ導和尚の釈並びに三部経の文を窺(うかが)わざるか、狗(いぬ)の雷を齧むが如く地獄の業を増す、汝知らずんば浄土家の智者に問え。

不審して云く上の所立の義を以て法然の捨閉閣抛の謗言を救うか、実に浄土の三師並に竜樹菩薩・仏説により此の三部経の文を開くに念仏に対して諸行を傍と為す事粗経文に之見えたり、経文に嫌われし程の諸行念仏に対して之を嫌わんこと過む可きに非ず、但不審なる処は雙観経の念仏已外の諸行・観無量寿経の念仏以外の定散・阿弥陀経の念仏の外の小善根の中に法華・涅槃・大日経等の極大乗経を入れ念仏に対して不往生の善根ぞと仏の嫌わせ給いけるを竜樹菩薩・三師並に法然之を嫌わば何の失有らん、但三部経の小善根等の句に法華・涅槃・大日経等は入る可しとも覚えざれば三師並に法然の釈を用いざるなり、無量義経の如きは四十余年・未顕真実と説いて法華八箇年を除きて以前四十二年に説く所の大小・権実の諸経は一字一点も未顕真実の語に漏る可しとも覚えず、

しかのみならず四十二年の間に説く所の阿含・方等・般若・華厳の名目之を出だせり、既に大小の諸経を出して生滅無常を説ける諸の小乗経を阿含の句に摂し、三にして無差別の法門を説ける諸大乗経を華厳海空の句に摂し、十八空等を説ける諸大乗経を般若の句に摂し、弾呵の意を説ける諸大乗経を方等の句に摂す、是くの如く年限を指し経の題目を挙げ無量義経に依つて法華経に対して諸経を嫌い・嫌える所の諸経に依れる諸宗を下すこと天台大師の私に非ず、汝等が浄土の三部経の中には念仏に対して諸行を嫌う文は之有りとも嫌わるる諸行は浄土の三部経よりの外の五十年の諸経なりと云う現文は之無し、又無量義経の如く阿含・方等・般若・華厳等をも挙げず、誰か知る三部経には諸の小乗経並に歴劫修行の諸経等の諸行を仏・小善根と名け給うと云ふ事を、左右無く念仏よりの外の諸行を小善等と云えるを法華涅槃等の一代の教なりと打ち定めて捨閉閣抛の四字を置きては仏意にや乖(そむ)くらんと不審する計りなり、例せば王の所従には諸人の中・諸国の中の凡下等一人も残る可からず民が所従には諸人諸国の主は入る可からざるが如し、誠に浄土の三部経等が一代超過の経ならば五十年の諸経を嫌うも其の謂れ之有りなん、三部経の文より事起つて一代を摂す可しとは見えず、但一機一縁の小事なり何ぞ一代を摂して之を嫌わん、三師並に法然此の義を弁えずして諸行の中に法華・涅槃並に一代を摂して末代に於て之を行ぜん者は千中無一と定むるは近くは依経に背き遠くは仏意に違う者なり、但し竜樹の十住毘婆沙論の難行の中に法華真言等を入ると云うは論文に分明に之有りや、設い論文に之有りとも慥(たしか)なる経文之無くば不審の内なり、竜樹菩薩は権大乗の論師為りし時の論なるか、又訳者の入れたるかと意得可し、

其の故は仏は無量義経に四十余年は難行道・無量義経は易行道と定め給う事金口の明鏡なり、竜樹菩薩仏の記文に当つて出世して諸経の意を演ぶ、豈仏説なる難易の二道を破つて私に難易の二道を立てんや、随つて十住毘婆沙論の一部始中終を開くに全く法華経を難行の中に入れたる文之無く只華厳経の十地を釈するに第二地に至り畢つて宣べず、又此の論に諸経の歴劫修行の旨を挙ぐるに菩薩難行道に堕し二乗地に堕して永不成仏の思を成す由見えたり法華已前の論なる事疑無し、竜樹菩薩の意を知らずして此の論の難行の中に法華真言を入れたりと料簡するか、浄土の三師に於ては書釈を見るに難行・雑行・聖道の中に法華経を入れたる意粗之有り、然りと雖も法然が如き放言の事之無し、しかのみならず仏法を弘めん輩は教機時国教法流布の前後をかんがふ可きか。

如来在世に前の四十余年には大小を説くと雖も説時至らざるの故に本懐を演べ給わず、機有りと雖も時無ければ大法を説き給わず、霊山八年の間誰か円機ならざる、時も来る故に本懐を演べたもうに権機移つて実機と成る、法華経の流通並に涅槃経には実教を前とし権教を後とす可きの由見えたり、在世には実を隠して権を前にす滅後には実を前として権を後と為す可き道理顕然なり、然りと雖も天竺国には正法一千年の間は外道有り、一向小乗の国有り、又一向大乗の国有り、又大小兼学の国有り、漢土に仏法渡つても又天竺の如し、

日本国に於ては外道も無く小乗の機も無く唯大乗の機のみ有り、大乗に於ても法華よりの外の機無し、
但し仏法日本に渡り始めし時暫く小乗の三宗・権大乗の三宗を弘むと雖も桓武の御宇に伝教大師の御時六宗情を破つて天台宗と成りぬ、倶舎・成実・律の三宗の学者も彼の教の如く七賢三道を経て見思を断じ二乗と成らんとは思わず、只彼の宗を習つて大乗の初門と為し彼の極を得んとは思わず、権大乗の三宗を習える者も五性各別等の宗義を捨てて一念三千・五輪等の妙観を窺う、大小・権実を知らざる在家の檀那等も一向に法華真言の学者の教に随つて之を供養する間・日本一洲は印度震旦には似ず一向純円の機なり、恐くは霊山八年の機の如し、之を以て之を思うに浄土の三師は震旦・権大乗の機に超えじ、
法然に於ては純円の機・純円の教・純円の国を知らず、権大乗の一分為る観経等の念仏、権実をも弁えざる震旦の三師の釈之を以て此の国に流布せしめ実機に権法を授け、純円の国を権教の国と成し醍醐(だいご)を嘗(な)むる者に蘇味(そみ)を与うるの失誠に甚だ多し。

日蓮 花押




by johsei1129 | 2019-08-31 20:51 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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