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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 01月 23日

報恩抄文段 下二五

一 ()づはじめに妙法蓮華経とかかせ給いて

  問う、誰か妙法蓮華経を(とな)、之れを書かしめたるや。

  一義に云く、阿難(あなん)高座(こうざ)(のぼ)るの時、文殊(もんじゅ)下座(げざ)にして妙法蓮華経と唱えたまえば、阿難高座にして如是我聞(にょぜがもん)と唱えたもうなりと。

一義に云く、題号も如是我聞も(とも)に阿難唱うるなり。若し余文の中に、文殊に約することは、是れ能証(のうしょう)に約して功を帰すと論ずるが故なりと。

一 題目(だいもく)は法華経の心なり

 「法華経の心」とは本因所証(ほんいんしょしょう)の妙法なり云云。
 四信抄に云く「妙法蓮華経の五字は経文に
(あら)ず、()の義に非ず、(ただ)一部の(こころ)なるのみ」云云。

一 (みょう)(らく)大師云く。

 (せん)十・六の文なり。「法華(ほっけ)(もん)(しん)」の四字は今の所用(しょゆう)なり。

一 出羽(でわ)(はね)

 風土記(ふどき)上に云く「出羽の国とは奥州(おうしゅう)の内なり。(しか)るに(いん)(ぎょう)天皇の時、(わし)の羽を度度(たびたび)貢物(みつぎもの)(そな)えたり。故に彼の羽の()ずる処なれば、出羽の国と名づくるなり」と云云。盛衰(せいすい)記七・九に云く「大納言(ゆき)(なり)(すえ)殿(でん)上人(じょうびと)たりし時、実方(さねかた)中将(ちゅうじょう)、行成に対して卒忽(そつこつ)無礼(ぶれい)の故に奥州に流され、()古野(こや)の松を(たず)ぬるに、更に無し。老翁(ろうおう)云く、みちのくの あこやの松の木高さに ()づべき月の出でやらぬ(かな) と読めども、今は国分れて出羽の国にありと」等云云。

一 奥州の(こがね)文。

 風土記に云く「中山道(なかせんどう)(みやこ)の外、近江(おうみ)美濃(みの)信濃(しなの)上野(こうずけ)下野(しもつけ)陸奥(むつ)の六箇国なり。故に奥なり、()つめなり」云云。釈書二十八・八の(いし)山寺(やまでら)の下に「始め奥州の金を(けん)じ、大仏の(はく)とす」云云。

一 女人あつて子をうまず。

  開目抄下四十六「石女(うまづめ)に子のなきがごとし」と。

一 人あつて(いのち)なし又(たましい)なし。

  (かみ)の五()は二乗作仏(さぶつ)きに(たと)う。此の二()()遠実(おんじつ)(じょう)なきに(たと)うるか。又(しち)()通じて二箇条に譬うるなり。

一 此の経の用を()ずば等

  是れは(ふく)(なん)(しゃ)するなり。

  ()(しか)らば、彼の経は当分(とうぶん)にして、当分の力用(りきゆう)あるは如何(いかん)

  答う、()実施権(じつせごん)の故に、此の経の(ゆう)を借りて当分(わずか)の用あるなり云云。

一 当時眼前(げんぜん)文。

  此の下は現証なり。上に(ほっ)()(ごう)あり。見るべし。

   三月二十四日

一 西国の観音(かんのん)寺の戒壇。

  釈書二十一十八に「元明(げんみょう)皇帝、和銅(わどう)二年に成ずるなり」と。

一 東国下野(しもつけ)の小野寺の戒壇。

  同じき二十二十九に「(しょう)(とく)天皇、(ほう)()五年に建つ」と。

一 中国大和(やまと)の国・東大寺の戒壇

  同じき十六紙に「(こう)(けん)天皇、(しょう)(ほう)五年に立つ」と。

一 大蝗(おおいな)(むし)

  「いなむし」と。本語十四十。

一 ()(しゅう)()(ぶん)

  周の()(てい)の事なり。統記三十九十七に「(むね)(おさ)え」 と。

一 唐の武帝。

  (かい)(しょう)天子とも云うなり。同じき四十三六。


                     つづく

報恩抄文段下 目次



by johsei1129 | 2016-01-23 11:39 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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