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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 01月 22日

四条金吾が佐渡の大聖人に使いの者を手配して、高麗・蒙古の状況を詳しく伝えたことを示した書【大 果報御書】

【大果報御書】
■出筆時期:文永十年(1273)9月 五十二歳御作。
■出筆場所:佐渡 一の谷入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本抄は前半箇所が欠けておりますが、「起請かかせて<中略>殿の上(主君)の御気色いかんがと、をぼつかなく候いつるに、なに事もなき事申すばかりなし」と記されておられる所から、四条金吾が佐渡へご供養の品々を使いのものに届けた事への返礼であると思われます。
また「御かへりの後七月十五日より上下いしはい(石灰)と申す虫ふりて」と石灰虫のことが記され、同様の内容が文永十年十一月三日の「土木殿御返事」にも書かれておられることから、出筆年は同じ年であると推察されます。
「御かへりの後」とは四条金吾が佐渡を訪れ大聖人に見参されたことを示していると思われます。さらに「かうらい(高麗)むこ(蒙古)の事うけ給わり候ぬ」と記されているように、蒙古襲来の情報を使いのものを通じて大聖人に詳しく伝えられてものと思われ、その意味で本消息はこの当時の大聖人と信徒の深い交流を示す貴重な一書となっております。
■ご真筆:現存しておりません。

【大果報御書 本文】

者どもをば少少は、をひ(追)いだし、或はきしやう(起請)かかせて・はう(法)にすぎて候いつるが、七月末八月の始に所領かわり一万余束の作毛をさへ・か(刈)られて山や(野)にまど(惑)ひ候ゆへに、日蓮なを・ばう(謗)じつるゆへ(故)かとのの(罵)しり候上、御かへりの後七月十五日より上下いしはい(石灰)と申す虫ふりて国大体三分のうへ(上)そん(損)じ候いぬ。

をほかた人のいくべしともみへず候、これまで候をもい・たたせ給う上なに事もと・をもひ候へども・かさねての御心ざしはうにもすぎ候か。

なによりもおぼつかなく候いつる事は、との(殿)のかみ(上)の御気色いかんがと・をぼつかなく候いつるに、なに事もなき事申すばかりなし。

かうらい(高麗)むこ(蒙古)の事うけ給わり候ぬ。なにとなくとも釈迦如来・法華経を失い候いつる上は・大果報ならば三年はよもとをもひ候いつるに、いくさ(戦)・けかち(飢饉)つづき候いぬ、国はいかにも候へ法華経のひろまらん事疑なかるべし。
御母への御事・経をよみ候事に申し候なり。此の御使いそぎ候へば・くはしく申さず候、恐恐。




by johsei1129 | 2016-01-22 21:03 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
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