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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 01月 19日

立正安国論の予言的中により大聖人を非難する世情が和らいだ事を記された消息【止観第五の事】

【止観第五の事】
■出筆時期:文永六年(西暦1269)十二月二十二日 四十八歳御作。
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は従来、上野母尼御前へ宛てられた消息と伝えられおりましたが、天台大師の摩訶止観を講義する「大師講」にふれられ、「(摩訶止観の)文あまた候はず候御計らい候べきか」と止観の文の手配を依頼されていることから、富木常忍に送られた可能性が高いと思われます。
そして冒頭の「母尼ごぜんには、ことに法華経の御信心のふかくましまし候なる事、悦び候と申させ給候へ」の母とは富木常忍の母ではないかと推察されます。

また文末では「当時は蒙古の勘文によりて世間やわらぎて候なり子細ありぬと見へ候。本より信じたる人人はことに悦ぶげに候か」と記され、本抄を記された前年の文永五年には蒙古の国書が鎌倉に届き、立正安国論の予言が的中。さらに翌年文永六年三月七日には、蒙古の使節団が対馬に上陸し島民二名を捕らえて蒙古に帰還するという事案が勃発したことで、大聖人を非難してきた世情が柔らぎ、法華経に帰依する信徒が増えてきたことを示唆しております。
しかしこの事により極楽寺良観が危機感を抱くことになり、二年後の文永八年九月十二日には幕府実力者平頼綱との策謀により、大聖人は生涯最大の法難「竜ノ口の首の座」を迎えることになります。
■ご真筆:熊本市熊本県 本妙寺(ニ紙)所蔵。
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[第一紙]


【止観第五の事 本文】

母尼ごぜんには、ことに法華経の御信心のふか(深)くましまし候なる事、悦び候と申させ給候へ。
止観第五の事、正月一日辰の時此れをよみはじめ候。
明年は世間怱怱なるべきよし、皆人申すあひだ・一向後生のために十五日まで止観を談ぜんとし候が、文あまた候はず候御計らい候べきか。
白米一斗御志申しつくしがたう候。鎌倉は世間かつ(飢)して候。僧はあまたをはします過去の餓鬼道の苦をばつくのわせ候ひぬるか。法門の事、日本国に人ごとに信ぜさせんと願して候いしが、願や成熟せんとし候らん。

当時は蒙古の勘文によりて世間やわらぎて候なり子細ありぬと見へ候。本より信じたる人人はことに悦ぶげに候か、恐恐。十二月二十二日 日 蓮 花 押




by johsei1129 | 2016-01-19 18:50 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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