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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 12月 01日

我より後に来り給はん人人は此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候。日蓮も同じ車に乗りて御迎い にまかり向ふべく候、と自身の滅度を示唆した消息【大白牛車御消息】

【大白牛車(だいびゃくごしゃ)御消息】
■出筆時期:弘安四年(西暦1281) 六十歳御作。
■出筆場所:身延山中 館にて。
■出筆の経緯:本抄の対告衆は不明ですが、在家信徒の何方かに送られた消息と思われます。
大聖人は法華経譬喩品第三に説かれる「三車火宅の譬(注)」を詳細に記されると共に、文末では「法性の空に自在にとびゆく車をこそ大白牛車とは申すなれ。我より後に来り給はん人人は、此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候。日蓮も同じ車に乗りて御迎いにまかり向ふべく候」と綴られておられます。
この中で「我より後に来り給はん人人は」の一文は、自らの滅度がそう遠くない事を暗に在家信徒に示唆しているのではと拝されます。
■ご真筆:現存しておりません。

【大白牛車(だいびゃくごしゃ)御消息 本文】

抑(そもそも)法華経の大白牛車と申すは我も人も法華経の行者の乗るべき車にて候なり。
彼の車をば法華経の譬喩品と申すに懇(ねんごろ)に説かせ給いて候、但し彼の御経は羅什・存略の故に委しくは説き給はず、天竺の梵品には車の荘(かざ)り物・其の外(ほか)・聞信戒定進捨慚(もんしんかいじょうしんしゃざん)の七宝まで委しく説き給ひて候を日蓮あらあら披見に及び候。

先ず此の車と申すは縦広五百由旬の車にして金(こがね)の輪を入れ・銀(しろがね)の棟(むなぎ)をあげ・金の繩を以て八方へつり繩をつけ・三十七重のきだはし(階)をば銀を以てみがきたて・八万四千の宝(たから)の鈴を車の四面に懸けられたり、三百六十ながれの・くれなひの錦の旛(はた)を玉のさほ(棹)にかけながし、四万二千の欄干には四天王の番をつけ、又車の内には六万九千三百八十余体の仏・菩薩・宝蓮華に坐し給へり、帝釈は諸の眷属を引きつれ給ひて千二百の音楽を奏し、梵王は天蓋(てんがい)を指し懸け地神は山河・大地を平等に成し給ふ。
故に法性の空(そら)に自在にとびゆく車をこそ・大白牛車とは申すなれ、我より後に来り給はん人人は此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候、日蓮も同じ車に乗りて御迎いにまかり向ふべく候、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。

日 蓮 花押



※注:「三車火宅の譬」とは、法華経に説かれている[法華七喩]の一つです。

この例え話は、ある長者の大きな古びた屋敷で火事が発生し、長者は子供達に逃げるよう呼びかけたが、子供達は遊びに夢中になり父である長者の言うことを聞かない。
そこで長者は一計を案じ、子供たちに「お前たちが欲しがっていた羊車・鹿車・牛車を門の外に置いたから早い者勝ちで与える」と伝え、無事火宅から誘い出すことができた。
無事に脱出した子供は長者に「約束した羊車・鹿車・牛車を与えてください」と言うと、長者は全ての子供に約束していた羊車・鹿車・牛車よりはるかに立派な「大白牛車を与えた」と云う内容です。

この譬喩で説かれる燃え盛る屋敷(火宅)は娑婆世界(三界)を意味し、遊びに夢中になる子供達は六道輪廻に喘ぐ衆生を意味し、羊車・鹿車・牛車は六道から脱するために説いた声聞・縁覚・菩薩(三乗)を意味します。
また最終的に子供たちに与えた「大白牛車」は一乗法、つまり仏乗を意味します。

この「三車火宅の譬」は、法華経以前(爾前経)に声聞・縁覚・菩薩の三乗の教えを説いた釈尊が、今法華経で一乗法を説く意味を「三車火宅の譬」で解き明かしています。

釈尊はこの「三車火宅の譬」を説いたあと舎利弗に、この長者は子供達に嘘を付いたことになるのかと問いかけ、舎利弗は「長者は子供を火宅から救済したのですから、例え最小の一車を与えずとも虚妄ならず」と返答します。
それに対して釈尊は次のとおり如来としての真意を解き明かします。

[妙法蓮華経 譬喩品第三]
仏告舎利弗。善哉善哉。如汝所言。舎利弗。
如来亦復如是。則為一切。世間之父。於諸怖畏。
衰悩憂患。無明暗蔽。永尽無余。而悉成就。
無量知見。力。無所畏。有大神力。及智慧力。
具足方便。智慧波羅蜜。大慈大悲。常無懈倦。
恒求善事。利益一切。而生三界。朽故火宅。
為度衆生。生老病死。憂悲苦悩。愚癡暗蔽。
三毒之火。教化令得。阿耨多羅三藐三菩提。
[和訳]
仏(釈尊)、舎利弗に告げる。善い哉な、善い哉な。汝(舎利弗)の言うが如し。舎利弗よ、
如来はまた是の如く、一切世間の父と為りて、諸の怖畏(ふい)、
衰悩、憂患、無明(むみょう)、暗蔽(あんぺい)を永く尽くして余すことなく、
悉く、無量の知見、力、無所畏を成就し、大神力及び智慧力を有し、
方便・智慧波羅蜜を具足し、大慈大悲をもって常に懈倦(けげん)無く、
恒に善事を求め、一切を利益せん。而して三界の朽ち故(ふ)りたる火宅に生ずるは、
衆生の生老病死・憂悲苦悩・愚癡暗蔽・三毒の火を度(救済)し、
教化し、阿耨多羅三藐三菩提(究極の悟り)を得さ令(し)めんがためなり。




by johsei1129 | 2019-12-01 11:24 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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