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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 01月 15日

報恩抄文段 下十六

一 面門(めんもん)とは口なり

 註釈の上二十五に云く「面門とは口の異名(いみょう)なり」と。文の三・十七、記の三上五十、涅槃(ねはん)経一・十三、皆(もっ)(しか)なり。

一 眉間(みけん)開くと()かんとしけるが等

 眉間白毫(びゃくごう)(にわか)に開きたるを以て成仏(じょうぶつ)(よそおい)(あらわ)さんとの(たく)ならんが、(あやま)って面門と書きたるぞとなり。

一 三鈷(さんこ)の事・(こと)不審(ふしん)なり

 (こと)に是れは狂惑(きょうわく)なり。今(いわ)く、(たと)(まこと)なりと(いえど)も奇とするに()らず。経に云く「()(しゅ)()()って他方の無数(むしゅ)の仏土に()()かんも、(また)(いま)(かた)しとせず乃至()く此の経を()かん、(これ)(すなわ)ち難しとす」等云云。「能く此の経を説かん」とは、大日経等は不真実、法華経は真実と説くなり。弘法(こうぼう)三鈷(さんこ)を投げて法華は戯論(けろん)、大日経は真実と云云。(あに)天魔に(あら)ずや。

   三月二十日

一 されば此の真言・禅宗・念仏

 開目抄下五十に云く「(けん)(にん)年中に(ほう)(ねん)大日(だいにち)の二人・出来(しゅったい)して」等云云。釈書二・五に云云。安国論に云云。

一 (にん)(のう)二十八代・(たか)(なり)

 ()鳥羽院(とばいん)とも申し、隠岐(おき)法皇(ほうおう)とも申すなり。

一 (ごん)大夫(たいふ)殿を失わんと

 相模(さがみ)(のかみ)(よし)(とき)の事なり。

一 大王たる上は国の主なれば等

 一には君臣、二には調伏(じょうぶく)、三には諸神の守護あらんに、一日、二日だにも(ささ)えかねて、承久(じょうきゅう)三年六月十四日、(ただ)一日の合戦(かっせん)()()けたもうが故なり。

一 神に申させ給いしに等

 (おそ)らくは「神」の字は(あやま)れり。(まさ)に「祈」の字に作るべきか。

一 佐渡(さどの)(くに)

 (じゅん)徳院(とくいん)は佐渡の国、土御門(つちみかど)院は阿波(あわ)の国、()鳥羽院(とばいん)隠岐(おき)の国に流されたまえり。

一 天童・勢多伽(せいたか)文。

 東鑑(あずまかがみ)二十五・二十七に云く「山城(やましろ)(のかみ)(ひろ)(つな)()勢多伽は仁和寺(にんなじ)より六波(ろくは)()()(いだ)さる。御室(おむろ)御寵(こちょう)(どう)なり。御室の御(なげき)(また)母の歎、又顔色華麗(かれい)(とも)憐愍(れんぴん)()えたり。勢多伽の叔父(おじ)佐々木信綱(のぶつな)欝訴(うっそ)()って信綱に(たま)うの間、梟首(きょうしゅ)す」云云。略抄。

一 調伏(じょうぶく)のしるし還著於(げんちゃくお)本人(ほんにん)()へとこそ見へて候へ

  (あるじ)の僧を咒咀(じゅそ)して、生木(なまき)(くぎ)を打ち、(おぼ)えず(みずか)の手に釘を打つ。家に帰って主の僧是れを見て、汝の手はいかにと云う。其の時始めて驚いて、ありのままに申し()びけること。


               つづく
報恩抄文段下 目次



by johsei1129 | 2016-01-15 20:48 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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