日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 01月 14日

去今年の饉餲(きんかつ)・瘴癘(しょうれい)・刀兵と申し、宛(あたか)も小の三災の代の如し、と記された【越後公御房御返事 】

【越後公御房御返事】
■出筆時期:弘安二年(1279年)一月八日 五十八歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は駿河天台宗滝泉寺の学頭で、日興上人の教化で大聖人に帰依した越後公房日弁から大餅五枚等のご供養を受けたことへの返書となっております。
越後公房日弁は日秀と共に、この年の十月に勃発した熱原法雑で、幕府問註所(現在の裁判所)に日興上人の草案に大聖人が手を入れられてしたためられた訴状【竜泉寺申状】の提出者になっております。
大聖人は本消息で「去今年の飢饉・瘴癘・刀兵と申し、宛(あたか)も小の三災の代の如し」と断じられておられます。
尚、刀兵とは弘安元年五月十五日、延暦寺の僧徒が長年敵対関係にあった園城寺の坊焼いたことを示しているのではと思われます。
■ご真筆:福井県敦賀市 本妙寺所蔵。
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【越後公御房御返事 本文】

大餅五枚薯蕷(やまのいも) 一本 太也。
鵄(いもの)かしら一俵。
去今年の饉餲(きんかつ)・瘴癘(しょうれい)・刀兵(とうびょう)と申し宛(あたか)も小の三災の代の如し。
山中に送り給び候事志の至りか。
正月八日 日蓮 花押
越後公御房御返事



by johsei1129 | 2016-01-14 19:42 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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