【兵衛志殿女房御返事】
■出筆時期:弘安二年(1279)十一月二十五日 五十八歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は池上兄弟の弟兵衛志殿(宗長)の妻から、「絹の片裏」をご供養されたことへの返書となっております。
大聖人は弟子から宗長の妻が子ができないのですっかり諦めて嘆いていることを聞き、世間でそのように言っていることは嘆かわしいけれど、たとえ今まではそうであっても、これからは子を持つ望みを託していきなさいと慈愛あふれる言葉をかけられておられます。
尚、この消息について、子供が多く暮らし向きが厳しいと嘆いていると解釈されている事例もありますが、子供が多くて嘆くとは不自然であり、池上兄弟の父は鎌倉幕府・作事奉行(建築・土木の長官にあたる)の要職にあり、大聖人への供養も熱心で、経済的には恵まれていたと思われるので、ここは子供ができないことを嘆いていると推察します。
■ご真筆:千葉県 誕生寺(全文)所蔵。
【兵衛志殿女房御返事 本文】
兵衛志(さかん)殿女房、絹片裏給い候。
此の御心は法華経の御宝前に申し上げて候、
まこととはをぼへ候はねども此の御房たちの申し候は、御子どもはなし。
よにせけんふつふつとをはすると申され候こそなげかしく候へども、
さりともと・をぼしめし候へ、恐恐。
十一月廿五日 日 蓮 在 御 判
兵韋志(さかん)殿女房御返事
※注(古語)
[ふつふつ]:ものを勢いよく断ち切る時の時の音及び形容。きっぱりと、すっかり。
[さりとも]:現状と異なることに望みを託す場合に使用。たとえそうであっても。いままではそうでもこれからは。
※全訳読解古語辞典(三省堂)より。