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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 08月 31日

当世の一切の女人は仏の記し置き給ふ後五百歳二千余年に当たって、是実の女人往生の時なりと断じた 【女人往生抄】

【女人往生抄】
■出筆時期:文永二年(1265年) 四十四歳御作。
■出筆場所:安房国 花房蓮華寺と思われます。
■出筆の経緯:文永元(1264)年の秋、大聖人は御母妙蓮が危篤と伝えられ、十一年ぶりに鎌倉から故郷安房へ帰られます。大聖人の祈念により御母の病は快復し四年の寿命を延べられたと伝えられております。
またこの年の十一月十一日、小松原の法難に遭われ、弟子の鏡忍房日暁、強信徒の工藤吉隆が殉死、自身も額を斬られ左手を骨折します。その三日後の十一月十四日、大聖人は清澄寺時代の師道善房と安房の花房蓮華寺でお会いしております。この後は花房蓮華寺を拠点として安房国、下総国方面で弘教を進めていきます。
この頃、御母妙蓮の危篤という事もあり、文永二年には本抄「女人往生抄」の他、「女人成仏抄」「薬王品得意抄」と、女人成仏を主題とする御書を数多く著されておられます。
恐らく本抄も女性信徒に宛てられたのではと推察されます。

大聖人は文中で「女人の御身として漢の李夫人・楊貴妃・王昭君・小野小町・和泉式部と生まれさせ給ひたらんよりも、当世の女人は喜ばしかるべき事なり。<中略>当世の一切の女人は仏の記し置き給ふ後五百歳二千余年に当たって是実(まこと)の女人往生の時なり」と、末法で法華経にであった女人こそ実の女人往生を遂げることができると断じられておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

【女人往生抄 本文】
 
  第七の巻に後五百歳二千余年の女人の往生を明かす事を云はゞ、釈迦如来は十九にして浄飯(じょうぼん)王宮を出で給ひて三十の御年成仏し、八十にして御入滅ならせ給ひき。三十と八十との中間を数ふれば年紀五十年なり。其の間一切経を説き給ひき。何れも皆衆生得度の御ため無虚妄の説、一字一点もおろかなるべからず。又凡夫の身として是を疑ふべきにあらず。但し仏説より事起こりて小乗大乗・権大乗実大乗・顕教密教と申す名目新たに出来せり。一切衆生には皆成仏すべき種備はれり。然りと雖も小乗経には此の義を説き顕はさず。されば仏の説き給ふ経なれども諸大乗経には多く小乗経を嫌へり。

又諸大乗経にも法華已前の四十余年の諸大乗経には一切衆生に多分は仏性の義をば許せども、又一類の衆生には無仏性の義を説き給へり。一切衆生多分仏性の義は巧みなれども一類無仏性の義がつたなき故に、多分仏性の巧みなる言も又拙き言と成りぬべし。されば涅槃経に云はく「衆生に是仏性有りと信ずと雖も必ずしも一切皆悉く之有らず。是の故に名づけて信不具足と為す」等云云。此の文の心は一切衆生に多分仏性ありと説けども一類に無しと説けば、所化の衆生は闡提の人と成るべしと云ふ文なり。

四十余年の衆生は三乗・五乗倶に闡提の人と申す文なり。されば仏、無量義経に四十余年の諸経を結して云はく「四十余年未だ真実を顕はさず」文。されば智者は且く置く。愚者に於ては且く四十余年の御経をば仰いで信をなして置くべし。法華経こそ「正直に方便を捨てゝ但無上道を説く、妙法華経は皆是真実」と釈迦多宝の二仏定めさせ給ふ上、諸仏も座に列なり給ひて舌を出ださせ給ひぬ。一字一文・一句一偈なりとも信心を堅固に発こして疑ひを成すべからず。其の上、疑ひを成すならば「疑ひを生じて信ぜざる者は即ち当に悪道に堕つべし」「若し人信ぜずして乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と、無虚妄の御舌をもて定めさせ給ひぬれば、疑ひをなして悪道におちては何の詮か有るべきと覚ゆ。
 
されば二十八品何れも疑ひなき其の中にも、薬王品の後五百歳の文と勧発品の後五百歳の文とこそ殊にめづらしけれ。勧発品には此の文三処にあり。三処倶に後五百歳、二千余年已後の男女等に亘る。

薬王品には此の文二処にあり。一処には後五百歳に法華経の南閻浮提に流布すべき由を説かれて候。一処には後五百歳の女人の法華経を持ちて大通智勝仏の第九の王子・阿弥陀如来の浄土、久遠実成の釈迦如来の分身の阿弥陀の本門同居(どうこ)の浄土に往生すべき様を説かれたり。抑(そもそも)仏には偏頗御坐(へんぱおわ)すまじき事とこそ思ひ侍るに、後五百歳の男女ならば男女にてこそ御坐すべきに、余処に後五百歳の男女法華経を持ちて往生成仏すべき由の委細なるに、重ねて後五百歳の女人の事を説かせ給へば、女人の御為にはいみじく聞こゆれども男子の疑ひは尚あるかと覚ゆる故に、仏には偏頗のおわするかとたのもしくなき辺もあり。旁(かたがた)疑はしき事なり。然りと雖も力及ばず、後五百歳二千余年已後の女人は法華経を行じて阿弥陀仏の国に往生すべしとこそ御覧じ侍りけめ。
 
仏は悉達太子として御坐せしが、十九の御出家なり。三十の御年仏に成らせ給ひたりしかば、迦葉等の大徳・通力の人々千余人付きまいらせたりしかども、猶五天竺の外道怨み奉りてあやうかりしかば、浄飯大王おほせありしやうは、悉達太子をば位を譲り奉りて転輪聖王と仰ぎ奉らんと思し召しかども、其の甲斐もなく出家して仏となり給ひぬ。今は又人天一切衆生の師と成らせ給ひぬれば、我一人の財にあらず、一切衆生の眼目なり。而るを外道に云ひ甲斐なくあやまたせ奉る程ならば悔ゆるとも甲斐なけん。されば我を我と思はん一門の人々は出家して仏に付き奉れと仰せありしかば、千人の釈子出家して仏に付き奉る。千人の釈子一々に浄飯王宮にまひり、案内を申して御門を出で給ひしに、九百九十八人は事ゆへなく御門の橋を打ち渡りき。提婆達多と瞿伽利とは橋にして馬倒れ冠ぬげたりき。
 
相人之を見て、此の二人は仏の聖教の中に利益あるべからず。還って仏教によて重罪を造りて阿鼻地獄に堕つべしと相したりき。又震旦国には周の第十三平王の御宇に、かみをかうぶり、身赤裸なる者出で来たれり。相人相して云はく、百年に及ばざるに世将に亡びなんと。此等の先相に寸分も違はず。遂に瞿伽利(くぎゃり)、現身に阿鼻地獄に提婆と倶に堕ち、周の世も百年の内に亡びぬ。此等は皆仏教の智慧を得たる人は一人もなし。但二天・三仙・六師と申す外典、三皇・五帝等の儒家共なり。三惑一分も断ぜず、五眼の四眼既に欠けて但肉眼計りなり。一紙の外をもみず、一の法も推し当てん事難かるべし。然りと雖も此等の事一分も違はず。而るに仏は五重の煩悩の雲晴れ、五眼の眼曇り無く、三千大千世界・無量世界・過去未来現在を掌の中に照知照見せさせ給ふが、後五百歳の南閻浮提の一切の女人、法華経を一字一点も信じ行ぜば、本時同居の安楽世界に往生すべしと、知見し給ひける事の貴く憑(たのも)も敷(し)き事云ふ計りなし。
女人の御身として漢の李夫人・楊貴妃・王昭君・小野小町・和泉式部と生まれさせ給ひたらんよりも、当世の女人は喜ばしかるべき事なり。彼等は寵愛の時にはめずらしかりしかども一期は夢の如し。当時は何れの悪道にか侍らん。彼の時は世はあがりたりしかども、或は仏法已前の女人、或は仏法の最中なれども後五百歳の已前なり。仏の指し給はざる時なれば覚束(おぼつか)なし。当世の一切の女人は仏の記し置き給ふ後五百歳二千余年に当たって是実(まこと)の女人往生の時なり。例せば、冬は氷乏しからず、春は花珍しからず、夏は草多く、秋は菓(このみ)多し。時節此くの如し。当世の女人往生も亦此くの如し。貪(とん)多く、瞋(しん)多く、愚多く、慢多く、嫉(しつ)多きを嫌はず。何に況んや、此等の過(とが)無からん女人をや。
 
問うて云はく、内外典の詮を承るに道理には過ぎず。されば天台釈して云はく「明者は其の理を貴び、暗者は其の文を守る」文。釈の心はあきらかなる者は道理をたっとび、くらき者は文をまもると会せられて侍べり。さればこそ此の「後五百歳に若し女人有って」の文は、仏説なれども心未だ顕はれず。其の故は正法千年は四衆倶に持戒なり。
 
故に女人は五戒を持ち、比丘尼は五百戒を持ちて、破戒無戒の女人は市(いち)の中の虎の如し。像法一千年には破戒の女人・比丘尼是多く、持戒の女人は是希なり。末法に入っては無戒の女人是多し。されば末法の女人いかに賢しと申すとも正法・像法の女人に過ぐべからず。又減劫になれば日々に貪瞋癡(とんじんち)増長すべし。又貪瞋癡強盛(ごうじょう)なる女人を法華経の機とすべくば末法万年等の女人をも取るべし。貪瞋癡微薄なる女人をとらば正像の女人をも取るべし。今とりわけて後五百歳二千余年の女人を仏の記させ給ふ事は第一の不審なり。
  答へて云はく、此の事第一の不審なり。然りと雖も試みに一義を顕はすべし。夫仏と申すは大丈夫の相を具せるを仏と名づく。故に女人は大丈夫の相無し。されば諸小乗経には一向に女人成仏を許さず。女人も男子と生まれて後に成仏あるべしと説かる。諸大乗経には多分は女人成仏を許さず。少分成仏往生を許せども又有名無実なり。然りと雖も法華経は九界の一切衆生、善悪・賢愚・有心無心・有性無性・男子女人、一人も漏れなく成仏往生を許さる。然りと雖も経文略を存する故に、二乗作仏・女人悪人の成仏・久遠実成等をこまやかに説いて、男子・善人・菩薩等の成仏をば委細にあげず。人此を疑はざる故か。然るに在世には仏の威徳の故に成仏やすし。仏の滅後には成仏は難く、往生は易かるべし。

然りと雖も滅後には二乗少なく善人少なし、悪人のみ多かるべし。悪人よりも女人の生死を離れん事かたし。然りと雖も正法一千年の女人は像法・末法の女人よりも少しなをざりなるべし。諸経の機たる事も有りなん。像法の末、末法の始めよりの女人は殊に法器にあらず。

諸経の力及ぶべからず。但法華経計り助給ふべし。故に次上の文に十喩を挙ぐるに、川流江河の中には大海第一、一切の山の中には須弥山(しゅみせん)第一、一切の星の中には月天子第一、衆星と月との中には日輪第一等とのべて千万億の已今当の諸経を挙げて江河・諸川・衆星等に譬へて、法華経をば大海・須弥・日月等に譬へ、此くの如く讃め已はりて、殊に後五百歳の女人に此の経を授け給ひぬるは、五濁に入り正像二千年過ぎて末法の始めの女人は殊に諂曲(てんごく)なるべき故に、諸経の力及ぶべからず、諸仏の力も又及ぶべからず、但法華経の力のみ及び給ふべき故に、後五百歳の女人とは説かれたるなり。されば当世の女人は法華経を離れては往生協ふべからざるなり。

  問うて云はく、双観経に法蔵比丘の四十八願の第三十五に云はく「設し我仏を得んに、十方無量不可思議の諸仏の世界に其れ女人有って、我が名字を聞いて歓喜信楽して菩提心を発こし女身を厭悪(えんお)せんに、寿終の後復女像と為らば正覚を取らじ」文。善導和尚の観念法門に云はく「乃ち弥陀の本願力に由るが故に女人仏の名号を称へば、正しく命終の時即ち女身を転じて男子と成ることを得。弥陀は手を接り、菩薩は身を扶け、宝華の上に坐して仏に随って往生し、仏の大会に入って無生を証悟せん」文。又云はく「一切の女人弥陀の名願力に因らずんば、千劫・万劫・恒河沙等の劫にも終に女身を転じ得べからず」等文。此の経文は弥陀の本願に依って女身は男子と成りて往生すべしと見えたり。又善導和尚の「不因弥陀名願力者」等の釈は、弥陀の本願によらずば、女人の往生有るべからずと見えたり、如何。
  
答へて云はく、双観経には女人往生の文は有りといへども、法華経に説かるゝとろこの川流江河の内、或は衆星の光なり。末代後五百歳の女人弥陀の願力に依って往生せん事は、大石を小船に載せ大胄(おおよろい)を弱兵に著(き)せたらんが如し。
 




by johsei1129 | 2019-08-31 22:01 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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