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日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 01月 04日

報恩抄文段 下三  弘安四年の蒙古襲来は、是れ蓮祖の勧誡に依(よ)って、神明、国を助くるなり。

 

 問う、()(しか)らば弘安四年の夏、蒙古襲来(しゅうらい)の時、諸神何ぞ威力(いりき)を加えたまうや。

  答う、若し金山抄二の末六十二の意は、(れん)()遠流(おんる)(ゆる)し、先非(せんぴ)()い、道徳を(とうと)ぶ。故に霊神(りょうじん)威力を()す故なりと云云。

(いわ)く、遠流を(ゆる)すと雖も、(なお)を用いざる故に、()罪大なり。何ぞ霊神()国を守ることを得んや。(はん)()(いわ)く「若し賢を知らざるは、()れ不明なり。知って是れを()げざるは、賢を(おお)うなり。不明の罪は小にして、賢を蔽う罪は大なり」等云云。

  問う、()(しか)らば如何(いかん)

  答う、是れ蓮祖の(かん)(かい)()って、神明、国を助くるなり。

  佐渡抄十四・十に云く「日蓮は幼若(ようにゃく)の者なれども法華経を(ひろ)むれば釈迦仏(しゃかぶつ)(おん)使(つかい)ぞかし乃至天照太神・正八幡宮も(こうべ)かた()ぶけ手を合せて地に伏し給うべき事なり乃至()かる日蓮を(もち)いぬるとも()しくうや()まはば国(ほろ)ぶべし、(いか)(いわん)や乃至二度まで流しぬ、()の国の(ほろ)びん事(うたが)いなかるべけれども(しばら)く禁をなして国をたすけ給へと日蓮がひかうればこそ今までは安穏(あんのん)にありつれ」等云云。

在島の日の勧誡すら(なお)()くの如し。何に況や宥免(ゆうめん)(のち)をや。故に知んぬ、諸神、蓮祖の勧誡に(たが)わず、国を助くる者なり。

  問う、正法の行者(ぎょうじゃ)あらば、(きた)って之を守護するや。

  答う、(しか)るべし。「諸天昼夜○世尊の(みことのり)の如く」と。(しゃ)(せき)一、天人物語。

文に云く「ほ()らをやいて」等とは、

 問う、(いず)れの年月と()んや。

  答う、()啓蒙(けいもう)二十五・二十八の意は、弘安三年十一月十四日なりと云云。彼の文に云く「(およ)そ神天上の法門は(ねん)()(もっ)勘合(かんごう)する事、古来(こらい)相伝(そうでん)なり。

  四条金吾抄に云く『去ぬる十一月十四日の()の時に、御宝殿を()いて、天にのぼ()らせ給いぬ』云云。

  新池抄に云く『霊山の起請(きしょう)おそ()ろしさに社を焼き払いて天に(のぼ)らせ(たま)いぬ』云云。

  されば神天上の()は弘安三年の事なり。文永八年九月十二日の(つる)が岡の(かん)(ぎょう)も神天上()(ぜん)なれば、此の諫暁ありと相伝するなり云云。此の意は、新池抄(すで)に弘安三年の御抄なり。故に知んぬ、四条抄も亦然るべし。若し(しか)らば、四条抄に『十二月十六日』とは(すなわ)ち弘安三年十二月なり。故に知んぬ『()ぬる十一月十四日』とは、弘安三年十一月十四日なり。新池抄に『二月』とは「十」の字脱せり。(まさ)に「十二月」なるべし」と云云。

 今謂く、此の()(しか)らず。四条抄に「十一月十四日」と云うは文永十一年十一月十四日なり。

  故に諫暁抄二十七・十五に云く「()ぬる文永十一年に大蒙古より()せて日本国の(つわもの)を多くほろ()ぼすのみならず八幡の宮殿すで()にやかれぬ」等云云。

  蒙古襲来(しゅうらい)は文永十一年十月なり。故に知んぬ、十一月十四日の(ころ)は、(いくさ)の最中の時なり。(これ)を思い合すべし。是の故に明らかに知んぬ、四条金吾抄は文永十一年十二月十六日の御抄なり。

 文に云う寂光(じゃっこう)の都へかへり給いぬ」とは、

 問う、諸抄の中に於ては、(あるい)は「他方に去る」と云い、或は「天上す」と云う。今「寂光の都へ」等と云う、その意は如何(いかん)

 答う、()し常の義に約さば、天上の義に()いて、(すなわ)ち三義あり。

 一には地祇(ちぎ)去って天神に帰す、故に天上と云う。

 二には都率(とそつ)(てん)に帰る、故に天上と云う。

 三には法性(ほっしょう)真如(しんにょ)の第一義天に帰す、故に天上と云う。

 若し当抄の意は、(すなわ)ち法性真如の第一義天を指して「寂光の都」と云うなり。

 若し本迹に約せば、諸抄の中は、是れ迹門の意に約し、今は(まさ)しく本門の意に約す。(いわ)く、本地(ほんち)自受用(じじゅゆう)垂迹(すいじゃく)・諸天善神、本地寂光の都へ帰るなり。

諫暁抄に云く「(もろもろ)権化(ごんげ)の人人の本地は法華経の一実相なれども垂迹の門は無量なり」等云云。

「一実相」とは、即ち是れ一念三千なり。一念三千とは(すなわ)ち是れ自受用身なり。

故に日眼女抄に云く「東方の善徳仏・中央の大日如来、本化(ほんげ)迹化(しゃっけ)(ぼん)(たい)日月(にちがつ)天神(てんじん)地神(ちしん)(いず)れか教主ならざる」(取意)等云云。

此の「教主釈尊」とは、久遠元(くおんがん)(じょ)の自受用・本因(ほんにん)(みょう)の教主釈尊なり。()(しか)らずんば何ぞ善徳仏を(もっ)て釈尊の垂迹と()んや。故に知んぬ、十方三世の諸仏乃至梵帝・日月・天神地祇(ちぎ)(みな)本地自受用一仏(いちぶつ)の内証に帰る。故に「寂光の都へかへり」と云うなり。

(まさ)に知るべし、久遠(くおん)は今に()り、今は即ち是れ久遠なり等云云。久遠元初の自受用身とは(れん)()聖人の御事なり。蓮祖聖人は(すなわ)ち是れ久遠元初の一仏なるが故に等云云。


                       つづく

報恩抄文段下 目次



by johsei1129 | 2016-01-04 22:04 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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