一 止観・真言の二宗の勝劣等文。
此の下は三に二宗の勝劣を明かす、亦二と為す。初めに釈、次に「されば釈迦」の下は結。初めの釈、亦三と為す。初めに道理を明かし、次に「而れども大事」の下は、伏疑を遮し、三に「但依憑集」の下は引文結示。初めの道理を明かすに即ち二重あり。一には宗名を削る故に、二には傍依たるが故なり云云。守護章の上の中二十九。
文に云く「弟子等にも分明に教え給わざりけるか」等文。
又一意には謂く、末法に責めさせんがために分明に教えざるなり。撰時抄下七。
一 但し依憑集と申す文に正しく真言宗等文。
此の下は三に引文結示。
依憑集に云く「大唐の真言宗の沙門一行は天台の三徳、数息・三諦の義に同じ」等云云。
一行阿闍梨、大日経の疏に天台円家の数息観を引いて彼の経の三落叉の文を釈す。又天台の三徳の義を挙げて菩提心・慈悲・慧等の義を成ず。又天台の三諦の義を引いて阿字本不生の義に同ず。然れば則ち、其の法門の建立併しながら天台の正義を盗み取り、大日経に入れて理同の義を成ずること歴然たり。故に「天台の正義を盗み取る」等と云うなり。朝抄に分明なり。
一 文に云う「彼の宗は天台宗に落ちたる宗なり」とは、
是れ依憑の辺を以て天台宗に落つと云うなり。改宗を謂うには非ざるなり。
一 竜智菩薩に値い奉り等文。
問う、記の十に但「僧有って」と云いて「竜智」とは云わず。何ぞ今治定して竜智と云うや。
答う、是れ諸文の意に拠って竜智なること分明なるが故なり。統紀の三十・十六の不空三蔵の下に云く「智没して後、遺教を奉じて西のかた天竺に遊び、師子国に至り、竜智に値う」等云云。付法伝の第二も之に同じ。
又伝法護国論に云く「天台大師、名は三国に振う。竜智天竺に在り、讚じて云く、震旦の小釈迦、広く法華経を開す」等云云。又云く「不空三蔵親しく天竺に遊ぶ。彼に僧有り、問うて云く、大唐に天台の教迹あり。最も邪正を簡び偏円を暁むるに堪えたり。能く之を訳して将に此の土に至るべしやと。含光請を受け、竜智称歎す」等云云。此の文に分明なり。「邪正を簡び、偏円を暁むる」は豈称歎に非ずや。
つづく
報恩抄文段上 目次