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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 12月 15日

飢えた世に蔵を開いて全てを民に施した金色大王に匹敵すると称えられた【大田殿女房御返事】

【大田殿女房御返事】
■出筆時期:弘安元年(西暦1278年)九月二十四日 五十七歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は鎌倉幕府問註所(現在の裁判所)に勤めていた強信徒の大田乗明の夫人に宛てられた書です。大田乗明は富城常忍と共に下総国での中心となる強信徒で大聖人の外護に務められ、三大秘法抄を与えられるなど、大聖人の法門への理解も深かったと思われます。また子息は出家し日高の名を賜り中山法華経寺の開基に尽力しております。

大聖人は本抄で金色王経に説かれている金色大王の謂れを説いて、大田入道夫妻のご供養は金色大王に匹敵し、「現世には福人となり後生には霊山浄土へまいらせ給うべし」と称えられておられます。

金色大王の謂れとは「金色大王が治めていた波羅奈国が旱魃による飢饉で民が飢えていた時、大王は蔵を開いて民に施し、最後に残された大王の一日分の米も全て衆僧に供養し、まさに飢え死にせんとするその時「天より飲食雨のごとくふりて大国一時に富貴せり」となったとのことです。これは本抄を記された弘安元年も前年から続く疫病のため日本中がまさに金色王経で説かれている「宅中には死人充満し道路には骸骨充満せり」の状況だったと思われます。
■ご真筆:現存しておりません。

[大田殿女房御返事 本文]

 八木(米)一石、付たり十合。
者(てへれば=というわけで)大旱魃の代に、かはける物に水をほどこしては大竜王と生れて雨をふらして人天をやしなう。うえたる代に食をほどこせる人は国王と生れて其の国ゆたかなり。

過去の世に金色と申す大王ましましき、其の国をば波羅奈国と申す。十二年が間旱魃ゆきて人民うえ死ぬ事おびただし、宅中には死人充満し道路には骸骨充満せり。
其の時大王一切衆生をあはれみて、おおくの蔵をひらきて施をほどこし給いき。蔵の中の財つきて唯一日の御供のみのこりて候いし、衆僧をあつめて供養をなし王と后と衆僧と万民と皆うえ死なんとせし程に、天より飲食雨のごとくふりて大国一時に富貴せりと金色王経にとかれて候。

此れも又かくのごとし、此の供養によりて現世には福人となり後生には霊山浄土へまいらせ給うべし。恐恐謹言。

九月二十四日  日 蓮 花押
大田入道殿女房御返事





by johsei1129 | 2015-12-15 19:09 | 大田乗明・尼御前 | Trackback | Comments(0)
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