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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 12月 03日

撰時抄愚記 下二四 謗法の相貌、種脱相対して之を明かすべきなり


 第三十四段 外難を遮す

一 問うて云く(まん)煩悩(ぼんのう)
 此の下は外難(げなん)(しゃ)するなり。

一 七慢。

 一には慢。他に劣れるに(おの)(まさ)ると(おも)う。

 二には過慢(かまん)。他に等しきに己れ勝ると謂う。

 三には慢過慢。他の勝れるに己れ勝ると(おも)う。

 四には我慢。我と我が所に(しゅう)す。

 五には増上慢。(いま)()ざるを得たりと謂う。

 六には卑慢(ひまん)。他の多分に勝れるに己れ少しく劣れりと謂う。

 七には邪慢。徳()に徳有りと謂う。

(いま)略して意を取って之を示す。「九慢」は「七慢」の中の慢過慢、卑慢より出ずるなり。「八慢」とは一には色憍(しききょう)、二には盛壮(じょうそう)、三には富憍、四には自在憍、五には姓憍、六には行善憍、七には寿命憍、八には聡明(そうめい)。(注:憍おごる、お

一 徳光(とくこう)論師は弥勒(みろく)菩薩を(らい)せず

  西域(せいいき)四十二。天軍羅漢(らかん)の神力に()兜率(とそつ)天に摂して、()()比丘(びく)像に非ざるを見、之を礼せざるなり。

(まさ)に知るべし、比丘(びく)の俗を礼するに略して三意有りと。

 一には涅槃(ねはん)経六・二十五に、知法の者を礼するは、是れ敬法の(こころざし)を顕すが故なり。

 二には浄名(じょうみょう)弟子品に、比丘、浄名を礼するは、是れ聞法の恩重きが故なり。名疏(みょうしょ)五・六。

  三には不軽(ふきょう)菩薩の四衆を礼するは、仏性是れ仏果に同じきが故なり。(つぶさ)に記の第十・三十二の如し。追、名義の四・五十。

一 大慢婆(だいまんば)羅門(らもん)は四聖を座とせり。

  西域十一十三。大自在天・()藪天(そてん)()()(えん)(てん)大覚世尊の「四聖」なり。賢愛論師に()められて、現に無間に入れり。(さき)の如し。

一 大天は凡夫にして阿羅漢(あらかん)となのる

  註の七・四十九に、補註(ふちゅう)十四、大婆沙(だいばしゃ)九十九巻を引く。俗に在るの時、三逆罪を作る。出家の後、五の悪見を生ず。死ぬる時焼けず。()(ふん)酒穢(しゃわい)して焼く等云云。

一 無垢(むく)論師が五天第一等

  (もと)小乗に於て出家し、五天竺(てんじく)(あそ)び三蔵を学す。(のち)、大乗を(そし)って(こころ)狂乱を(おこ)し、五(ぜつ)重なり出でて熱血流涌(りゅうゆ)す。その死処に当り、地()ちて(きょう)となる。羅漢見て云く「(いま)此の論師、大乗を毀悪(きあく)して無間の獄に()つ」云云。西域の四・十五、註の四・十七。

謗法の相貎(そうみょう)顕謗法抄十二・三十二に内外相対・大小相対・権実相対して之を明かす。(また)迹本相対・種脱相対して之を明かすべきなり。

一 (てっ)(ぷく)再誕(さいたん)

大論の十一・六に云う。鉄を以て腹に(はらまき)す。所学(はなは)だ多く、腹を破裂せんことを恐れてなり。また頭上に火を()す。是れ世上愚痴(ぐち)の大闇を破るとなり。

一 現に(すぐ)れたるを勝れたりと云う乃至大功徳なりけるか

  是れ即ち今経の妙用(みょうゆう)を顕すが故なり。二十八・十に云く「日蓮は一閻(いちえん)浮提(ぶだい)第一の聖人なり(乃至)此れ(ひとえ)に日蓮が貴尊なるに非ず、法華経の御力の殊勝(しゅしょう)なるに()るなり、身を()ぐれば(まん)ずと(おも)い身を(くだ)せば経を(あなず)る、松高ければ(ふじ)長く(みなもと)深ければ流れ遠し」等云云。天台云く「法妙なるが故に人(とうと)し」と云云。御書三十・十四に云云。



                     つづく
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by johsei1129 | 2015-12-03 22:12 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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