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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 13日

日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり、天のあたへ給うべきことわりなるべし、と説いた【別当御房御返事】

【別当御房御返事】
■出筆時期:文永十一年(1274) 四、五月頃 五十三歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は清澄寺の住職(別当)より、大聖人に故郷二間寺・清澄寺の所当職への就任を依頼されたことへの返書となっております。
冒頭で「聖密房の文に詳しく書きて候より、会いて聞かせ給い候へ」とあるのは、本消息と同時期に聖密房に送られた真言破析の書『聖密房御書』を聖密房に会って聞かせてもらうよう、住職に伝えたものと思われます。
また二間寺・清澄寺の所当職への就任については「幾ら程の事に候べき、但名ばかりにてこそ候はめ」と記されると共に、後段では「日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり、天のあたへ給うべきことわりなるべし」と宣言し、二間寺・清澄寺に関わっていられないことを示されると同時に「日蓮心ざす事は生処なり、日本国よりも大切にをもひ候」と記され、故郷のことを忘れているわけではないと示されておられます。
■ご真筆:身延久遠寺に全四紙が存在していたが明治八年の大火で焼失。

[別当御房御返事 本文]

聖密房のふみ(文)にくは(詳)しくかきて候より、あ(会)いてきか(聞)せ給い候へ。
なに事も二間清澄(ふたま・きよすみ)の事をば聖密房に申しあわせさせ給うべく候か。世間のり(理)をしりたる物に候へばかう申すに候、これへの所当なんどの事は・ゆめゆめをもはず候。いくらほどの事に候べき、但な(名)ばかりにてこそ候はめ。又わせいつをの(注)事をそれ入つて候。いくほどなき事に御心ぐるしく候らんと・かへりてなげき入つて候へども、我が恩をば・しりたりけりと・しらせまつらんために候。※[わせいつをの]は誤書写と思われ意味は不明です。

大名を計るものは小耻にはぢずと申して、南無妙法蓮華経の七字を日本国にひろめ震旦高麗(しんたんこうらい)までも及ぶべきよしの大願をはら(懐)みて其の願の満すべきしるしにや、大蒙古国の牒状(ちょうじょう)しきりにありて此の国の人ごとの大なる歎きとみへ候。

日蓮又先きよりこの事をかんがへたり閻浮(えんぶ)第一の高名なり、先きよりにくみぬるゆへに・ままこ(継子)のかうみやう(功名)のやうに専心とは用い候はねども・終に身のなげき極まり候時は辺執(へんしゅう)のものどもも一定とかへぬとみへて候。これほどの大事をはらみて候ものの少事をあながちに申し候べきか、
但し当時・日蓮心ざす事は生処なり、日本国よりも大切にをもひ候。例せば漢王の沛郡(はいぐん)を・をもくをぼしめししがごとし、かれ生処なるゆへなり。聖智が跡の主となるをもつてしろしめせ、日本国の山寺の主ともなるべし、日蓮は閻浮第一の法華経の行者なり、天のあたへ給うべきことわりなるべし。

米一斗六升・あはの米二升・やき米はふくろへ・それのみならず人人の御心ざし申しつくしがたく候。これは・いたみをもひ候、これより後は心ぐるしく・をぼしめすべからず候、よく人人にしめすべからず候、よく人人にもつたへさせ給い候へ。
乃 時
別当御房御返事





by johsei1129 | 2019-10-13 21:39 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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