日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 11月 23日

撰時抄愚記 下九


  第二十五段 
()(かく)を破す

一 これよりも百千万倍等

 此の下は別して慈覚を破す、三あり。初めに真言()(どう)(とが)、二には本師違背(いはい)の失、三に問答解釈(げしゃく)なり。初めの真言与同の失は云云。第六・三十三云云。

一 第三の御弟子(みでし)なり

 是れは座主(ざす)の次第に約す。第一に()(しん)、第に(えん)(ちょう)、第三に円仁(えんにん)なり。

一 伝教大師には(すぐ)れて等

 伝教は在唐すること(わず)かに一年なり。(いわ)く、延暦(えんりゃく)二十三年の七月入唐(にっとう)し、同二十四年の(あき)帰朝せる故なり。慈覚は在唐すること十年なり。謂く、承和(じょうわ)五年に入唐し、同十四年に帰朝せるが故なり。所以(ゆえ)に世人、伝教より勝れたりと思えるか。

一 (れい)せば浄土宗・禅宗等

安然(あんねん)は禅宗の方人、恵心は浄土の方人なり。

一 安然和尚(わじょう)文。 

 釈書の四・六、三国伝の四・三十、童子教因縁(いんねん)云云。

一 教時諍(きょうじょう)(ろん)文。

下巻二十六に「第五無相宗、第六法相宗(ほっそうしゅう)、第七()()宗、第八(じょう)(じつ)宗、第九倶舍(くしゃ)宗」文。無相宗は三論宗なり。毘尼宗は即ち律宗なり。

    二日

   第二十六段 慈覚の本師違背(いはい)(とが)


一 伝教大師
乃至(ないし)()(けん)せさせ給う

此の下は本師違背の(とが)なり。釈書の一・十七。

一 世間の不審(ふしん)をはらさんがために漢土(かんど)に渡りて等

問う、第六・二十四に云く「大日経・法華経の勝劣如何(いかん)(おぼし)()し漢土に渡る」等云云。(あに)相違するに非ずや

答う、彼らは外用(げゆう)に約し、是れは内証に約せるなり。

一 漢土の人人は品品(やうやう)の義等

(あるい)は真言勝れ、或は法華勝れ、或は同等、或は理同()(しょう)等なり。下山抄二十六・三十二紙の如し。

一 我が心には法華経は真言にすぐれたり

問う、何を以て(きょう)大師の心中を知らんや。

答う、(しばら)く三義を示さん。

一には法華経を以て宗旨(しゅうし)と為す故に。秀句(しゅうく)下二十四に云く「浅きは(やす)く深きは(かた)しとは釈迦の所判なり。浅きを去って深きに就くは丈夫(じょうぶ)の心なり。天台大師は釈迦に信順し、法華宗を助けて(しん)(たん)敷揚(ふよう)し、叡山(えいざん)の一家は天台に相承(そうじょう)し、法華宗を助けて日本に()(つう)す」等云云。(まさ)しく此の文の意は、大日経等の浅きを去って法華経の深きに()くを以て宗旨と為す。(あに)勝劣分明(ふんみょう)なるに非ずや。

二には大日経等を傍依(ぼうえ)と為す故に。守護章の上の中二十九に云く「今、山家(さんけ)所伝の円教宗の()(きょう)(しょう)には法華及び無量義に()り、(ぼう)には大涅槃・華厳・般若・方等・遮那(しゃな)、一切の円を説く等の諸経緒論に依る」等云云。既に法華を以て正依(しょうえ)の経と為し、大日経等を以て傍依の経と為す。豈勝劣(こう)(ねん)るに非ずや。

三には略して真言宗の(あやま)りを破するが故に。依憑集(えひょうしゅう)の序に云く「新来の真言家は則ち筆授(ひつじゅ)の相承を(ほろぼ)」等云云。(いわん)や記の十に()する所の(がん)(こう)物語を引けるをや。(あに)大師の本意分明(ふんみょう)なるに非ずや。第六巻二十四已下、()いて見よ。記の十・九十五。


                          つづく
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by johsei1129 | 2015-11-23 16:40 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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