日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 11月 23日

撰時抄愚記 下八

 十八日 


  第二十四段 
(しょう)覚房(かくぼう)を破す

一 ()覚房

 釈書一十、啓蒙十二・十一、同十四・五十九。覚鑁(かくばん)の事なり。

一 (しゃ)利講(りこう)の式

 密厳(みつごん)秘釈(ひしゃく)第二巻に出ず。

一 (これ)()の仏僧等

 問う、若し現文に(じゅん)ぜば、(まさ)に此等の法仏は真言の法仏に及ばずと云うべし。何ぞ「仏僧」及び「()覚・弘法」と云うや。

  答う、顕密(とも)(おのおの)三宝一体なるが故なり。故に顕教の三宝は密家の三宝に及ばざること遠し云云。(あに)大謗法に非ずや。故に現罰を(こうむ)るなり。

  七帖(しちじょう)見聞の一本六十一に云く「伝法院の覚鑁(かくばん)は法華の学者を(そし)り逆罪を造るの(あいだ)加持(かじ)の即身成仏の分有りと雖も、(じゅう)羅刹(らせつ)(せめ)(こうむ)り打ち殺され(おわ)んぬ。()悩乱(のうらん)する者は頭破(ずは)七分(しちぶん)(あお)ぐべし、仰ぐべし」等云云。

若し其の相を知らんと欲せば、(つぶさ)に太平記十八巻の如し。七帖の中に「加持の即身成仏」とは覚鑁(かくばん)、不動の形と成るが故なり。

総じて密家に三品の成仏を立つ。(いわ)く、理具の成仏、加持の成仏、(けん)(とく)の成仏なり。然るに伝宝記の第五・二十五に、加持の成仏を釈して「外人(げにん)の所見に非ず」云云。(しか)るに今大衆(みな)を見たり、故に加持の成仏にも非らざるか。実に是れ大衆の言わんがの如く、覚鑁が(よう)たるに疑い無きなり是一。

  (いわん)や若し加持の成仏を得ば憍慢(きょうまん)を起すべからず。既に憍慢を起す、故に天魔外道(げどう)なるべし是二。

  況や劣れる仏を(そし)りし調達(ちょうだつ)すら現身に無間(むけん)に入る。何ぞ勝れたる覚鑁が(こうべ)を破れる高野(こうや)の大衆、安穏(あんのん)快楽(けらく)にして一同に笑って院々谷々に帰らんや是三。

故に知んぬ、実に是れ三宝誹謗の現罰なり。(いわ)く、十羅刹女、大衆の(こころ)に入って覚鑁を打ち殺せるなり。頭破七分、(あたか)かも()(けい)の如し。

 

(うるう)二月(さく)(じつ)


一 月氏の
大慢(だいまん)

 此の下は次に例、亦二あり。初めに禅・真言に例し、次に浄土宗に例す。大慢婆羅門は西域(せいいき)記大十一・十三に出ず。註中に引が如し。

一 敷漫荼(しきまんだ)()文。

  大日経疏の第三重啓蒙に云く「(かん)頂壇(じょうだん)とは地を(きよ)めて壇を築く。壇の上に自性会(じしょうえ)(しょう)(しゅ)()()形像(きょうぞう)を図画す。是れを曼荼羅(まんだら)と名づくるなり。今時、(しき)曼荼羅を用うることは作法の略なり」云云。高橋抄三十五・五十に云く「一切の真言師は潅頂と申して釈迦仏等を八葉(はちよう)の蓮華にかきて、此れを足に()みて秘事(ひめごと)とするなり」文。

一 禅宗乃至仏の(いただき)()む大法

仏祖通載の十三・三十九に云く「帝問う、如何(いか)なるか是れ無諍(むじょう)三昧(ざんまい)と。南陽の()(ちゅう)禅師答えて云く、(だん)(のつ)毘盧(びる)の頂上を踏んで行ずと」等云云。

一 (けん)(あい)の御(はから)い等

  大王は大慢を(ころ)さんとするに、賢愛は之を(あわれ)みて(うま)に乗す等なり。

一 三階(さんがい)禅師(ぜんじ)文。

  (ずい)(しん)(ぎょう)禅師の事なり。続高僧伝の二十・十七に云云。「三階」とは第一階は善を以て悪を(おお)う衆生、第二階は悪を以て善を覆う衆生なり。此れは是れ正像二千年の諸仏(これ)()す。第三階は一向(いっこう)邪見の人、末法の衆生なり。諸仏も之を度したまわず等云云。

一 当座には(こえ)を失い等

  法華伝の九・十九、自鏡録の上十三。当座に音を失いしは弟子の孝慈(こうじ)なり。後に大蛇と成るは師の信行なり。師弟同業(どうごう)の所感なり。故に合わせて之を()ぐ云云。

一 此等の三大事等

是れ(けつ)(ぜん)生後(しょうご)の文なり。


                つづく
撰時抄愚記下 目次



by johsei1129 | 2015-11-23 09:15 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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