撰時抄愚記 下五

　　第二十二段　真言の善(ぜん)無畏(むい)を破す

一　真言宗と申すは文。

　此の下は第三に、真言宗を破す、三あり。初めに無異等を破し、次に弘法(こうぼう)を破し、三には覚鑁(かくばん)を破す云云。真言宗の事は七帖(しちじょう)の一本五十四已下、往(ゆ)いて見よ。

一　善無畏三蔵(さんぞう)等文。

統(とう)紀(き)の三十十六已下。

一　会二(えに)破(は)二(に)の一乗文。

　二乗所修の法を会(え)し、二乗の人を破する故なり。開目の三十三。

一　然(しか)して善無畏三蔵文。

　　此の下は善無畏思(しゅ)惟(い)の相なり。「をこつかれ」とは笑い嘲(あざけ)る義なり。

一　一行(いちぎょう)禅師(ぜんじ)文。

宋高僧伝の五・三、統紀の三十・十九。

一　かさむ。　

一　法師(ほっし)品・神力品等文。

　　法師品は勿論(もちろん)「当説」の文なり。神力品は「四句の要法」の文か。既(すで)に「如来の一切の所有(しょう)の法乃至皆(みな)此の経に於て宣示(せんじ)顕説(けんぜつ)す」等云云。

一　大日経に住(じゅう)心(しん)品(ぽん)等文。

　　大日経義釈に云く「此の経の宗は横に一切の仏教を統(す)ぶ。唯蘊(ゆいうん)無我(むが)等と説くが如きは即ち諸部の小乗を摂す。唯蘊阿頼耶(あらや)と説くが如きは諸経の八識等を摂す。極(ごく)無(む)自性(じしょう)と説くが如きは即ち華厳・般若等を摂す。如実(にょじっ)知(ち)自心(じしん)等(とう)と説くが如きは仏性・一乗・如来秘密、皆(みな)其の中に入る」等云云。既に「如実知自心」の句に法華・大日経を摂(せっ)す。即ち是れ究竟(くきょう)真実の法なり、故に前(さき)の諸句は皆是れ未顕真実なりと云云。

一　釈迦仏は舎利(しゃり)弗(ほつ)・弥勒(みろく)に向って等文。

　　是れ迹本二門の対告(たいごう)衆(しゅ)なり。

一　水と乳(にゅう)とのやうに一味となすべし等文。　

　　大日経義釈に「理同」と書するは是れなり。

一　三(さん)密(みつ)相応(そうおう)等文。

　　印は即ち身(しん)密(みつ)、真言は口(く)密(みつ)、一念三千は意(い)密(みつ)なり。

一　真言は甲(こう)なる将軍文。

　　此の譬(たとえ)は蘇悉地経(そしっじきょう)疏の一・七に出(い)ず、啓蒙十二・三十に引く。天台、文の八に云く「鉾(ほこ)に当る難事」等云云。之を思い合わすべし。

宗祖破して云く、三十五・七に云く「裸形(らぎょう)の猛者(もさ)の進んで大陣を破ると甲冑(かっちゅう)を帯せる猛者の退(しりぞ)いて一陣をも破らざる」等云云。（法華真言勝劣事）

一　一行(いちぎょう)阿闍(あじゃ)梨(り)は此のやうにか(書)きけり等文。

　第七・七に云く「嘉(か)祥(じょう)の法華(ほっけ)玄(げん)に、法華経と諸大乗は意(こころ)は一と書きてこそ候えと、此が謗法の根本にて候か。嘉祥に咎(とが)あらば善無畏も脱(のが)れ難し」等云云。されば現身に鉄縄(てつじょう)七筋(すじ)を付けられ、臨終に悪相を現ず等は常の如し。また一行阿闍梨も火(か)羅(ら)国に流されたり。是れ現罰なるべし。三国伝の二・三十八、知覚禅師の万善同帰集の下三十二、盛衰記の五・十一、往(ゆ)いて見よ。盛衰記に「一行、玄宗(げんそう)を相して云く、思(おも)い死(じに)に死にたまわん相ありと。また貴(き)妃(ひ)を相して云く、野辺にて死にたまわん相ありと」云云。此の事、差(たが)わざるなり。太平記の三十七巻の如し。又十八史略の五・十九には少異あり。往(ゆ)いて見よ。

一　又末法にせ(責)めさせん等文。

　　真言宗をば末法に譲(ゆず)り、伝教は之を責めたまわざりしなり。

一　一筆(いっぴつ)みへて候文。

　依憑集(えひょうしゅう)序に云く「新来の真言家は筆受の相承を泯(ほろぼ)す」云云。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく
撰時抄愚記下　目次