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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 11月 15日

撰時抄愚記 上三三

  十月十八日

  第十八段 伝教大師の弘通(ぐつう)


一 問て云く伝教大師等

此の下は四に、伝教に約して像法の未弘(みぐ)を疑うなり。

一 (えん)(じょう)(えん)()(せん)じ給う等

言う所の「撰」とは一義に云く、天台の小乗の威儀(いぎ)を以て円定・円慧に()(つな)ぐるを(せん)()て、純一無雑(むざつ)の円定・円慧を撰じ取るが故に「撰」と云うなりと。一義に云く、(ただ)是れ二百余年の邪義を難破(なんぱ)して、天台の円定・円慧を撰じたまうが故なりと云云。後の義、可なり。伝教の円定・円慧、何ぞ天台の定慧に(ことな)らんや。

一 小乗の三処の戒壇(かいだん)

註の如し。今の薬師寺(やくしじ)は少分の寺院なり。

一 一人の法となせる等

円頓の戒壇を叡山(えいざん)に建立して、日本一州を一同に円戒の地と成したもうが故なり。

一 秀句(しゅうく)に云く等

下巻二十二紙。次下「此経」等は二十四紙。

一 ()く此の経を説かん(これ)則ち()(かた)

秀句の下二十二に此の文を釈して云く「能く此の経を説くとは即ち妙法蓮華経なり」已上。感涙()えずして(じゅ)して云く

一たび此の文を仰いで(なんだ)(こう)

暮天(ぼてん)の雲尽きて内鑒(ないがん)明らかなり

(じゅん)()す、部内()(きょう)の句

多くは是れ秘沈文底(もんてい)の名

一 (あさ)きは(やす)(ふか)きは難し等

秀句に云く「六難(ろくなん)は是れ(すなわ)ち法華経を指す。()()は則ち是れ余の経典を指す」云云。余の経典を去って法華経に()くが故に「浅きを去って深きに就く」と云うなり。当に知るべし、「丈夫(じょうぶ)」は即ち釈迦の異称なり。是れ十号の一名なり。

一 如来、在世(ざいせ)五十年

(すで)に仏の滅度の文意を示すが(ごと)。何ぞ「如来・在世」と云うや。

答う、滅後を明かさんが為に、()ず在世を示すなり。故に「如来の在世は五十年なり」と点ずべきか。

一 (これ)()は伝教大師

一 七()の大寺六宗等

註に云く「(いま)だ所拠を知らず」云云。啓蒙に云く「一心戒文の下は伝法護国論、(じき)(ぞう)二十七巻に出でたり。其の中に直雑最も明らかなり」云云。即ち(こん)(もん)の「延暦(えんりゃく)二十一年」已下の文に同じ。

一 渙焉(かんえん)として氷の如く()

左伝序に云く「(かん)(ねん)として氷の()くるが如し」と云云。字彙(じい)に「流散(りゅうさん)」と解釈す云云。

一 此の界の(がん)(れい)(きょう)よりして(のち)(ことごと)く妙円の船に()せて早く彼岸に(わた)ることを得ると()いつべし云云。

()くの如く点ずべし。「今(より)」の「自」の字は(おそ)らくは(じょう)せり云云。

一 (ひか)れて(きゅう)(うん)()

「休」は字彙(じい)に云く「()(ぜん)なり、慶なり」云云。

一 何ぞ(せい)()(たく)せんや

即ち(せい)(ちょう)に同じ。(かん)()の世を指して「聖世」と云うなり。(しか)して桓武を指して聖世と名づくる所以(ゆえん)は、即ち是れ伝教出現して一妙の義理を興顕(こうけん)するが故なり。

故に桓武を()むる意は伝教に()故に実には伝教大師を聖人と号する意なり。


                 つづく
撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-11-15 11:09 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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