日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 11月 13日

撰時抄愚記 上三十 摩訶止観十巻の大旨


一 
()の上・止観(しかん)十巻を()し等

略して大旨(たいし)を示し、初学をして文を(たず)ぬることを(やす)からしめん。

(およ)そ止観に於て十大章あり。一には大意、二には釈名(しゃくみょう)、三には体相、四には摂法(しょうほう)、五には(へん)(えん)、六には方便、七には正観、八には果報、九には起教、十には旨帰(しき)なり。(注:三重秘伝抄註解 参照)

第一・第二の両巻には先ず大意(たいい)を釈し、第三巻には釈名・体相・摂法・偏円の四章を釈す。第四巻に方便の一章を釈し、第五巻より第十巻の終りに至るまで正観を明かすなり。後の三大章は略して之を()べず。

第一の大意も(また)五科に(わか)つ。是れを五略と名づく。一には(ほつ)大心(だいしん)、二には(しゅ)大行(だいぎょう)、三には感大果(かんだいか)、四には(れつ)大網(だいもう)、五には()大処(だいしょ)なり

中に於て第一の巻には発大心を明かす。第二巻の初めより五十三(よう)に至るまで修大行を明かす。即ち是れ(じょう)(ぎょう)常座・半行半座・非行非座の四種(ししゅ)三昧(ざんまい)なり。第三巻に釈名・体相・果等の三科を明かすなり。第三の巻は(さき)の如し。

第四巻に方便章を釈するに二十五法あり。所謂(いわゆる)、五縁・五欲・五(がい)・五事・五法なり。巻の初めに具五(ぐご)(えん)を釈す。五縁とは持戒(じかい)清浄(しょうじょう)衣食(えじき)具足(ぐそく)閑居(げんご)静処(じょうしょ)(そく)(しょ)(えん)()(とく)(ぜん)知識(ちしき)なり。四十八葉より呵五(かご)(よく)を釈す。五欲とは(しき)(しょう)(こう)()(そく)なり。五十三葉より()(がい)を釈す。五蓋とは貪欲(とんよく)瞋恚(しんに)睡眠(すいみん)掉悔(とうげ)狐疑(こぎ)なり。六十八葉より調五事(ちょうごじ)を釈す。(いわ)く、(じき)調(ととの)え、眠を調え、身を調え、息を調え、心を調うるなり。七十三葉より行五法を釈す。五法とは(ぎょう)(よく)・専念・精進(しょうじん)(ぎょう)()・一心なり。

第五巻より第十巻に至るまで、正観を釈する中に(つぶさ)に十境を明かす。十境とは一には陰入(おんにゅう)二には煩悩(ぼんのう)三には病患(びょうげん)、四には業相(ごうそう)、五には魔事(まじ)、六には禅定(ぜんじょう)、七には(しょ)(けん)、八には上慢(じょうまん)、九には二乗(にじょう)、十には菩薩なり。

中に於て第五巻より第七巻に至るまで陰入境(おんにゅうきょう)を明かすなり。()ず第五の巻の初めに隠入境を明かし、此の下に簡境(かんきょう)用観(ゆうかん)して(ただ)心法を取って所観の境と為す。是れを心法観体と名づく。(ここ)能造(のうぞう)(ごん)(よう)等の異義有り。

此の下は広く十乗を明かすなり。十乗とは、一には(かん)不思議(ふしぎ)(きょう)、二には()慈悲(じひ)(しん)、三には巧安(ぎょうあん)止観(しかん)、四には()法遍(ほうへん)、五には識通(しつう)(そく)、六には修道品、七には対治(たいじ)助開(じょかい)、八には()次位(じい)、九には能安(のうあん)(にん)、十には無法(むほう)(あい)なり。(まさ)に知るべし、十境の一々に十乗を()するなり。

中に(おい)て第五巻は二十二葉より観不思議境を明かすなり。此の下に初めて一念三千を明かすなり。先ず略して十界及び()(おん)世間(せけん)・衆生世間・国土世間を釈し、次に広く十(にょ)()を釈して正しく名目(みょうもく)(いだ)し、「此の三千、一念の心に在り」等と云うなり。即ち是れ止観一部の肝心(かんじん)・三大部の眼目(げんもく)・一代諸経の骨髄(こつずい)なり。(ここ)に於て理修化他の三境、諸師の異義(らん)(ぎく)たり。(また)如意珠・三毒・惑心(わくしん)眠夢(みんむ)(さん)()を以て上来の意を顕すなり云云。

四十二葉より起慈悲心を明かし、四十五葉より巧安(ぎょうあん)止観を明かし、六十二葉より第六巻の終りに至るまで破法遍を明かす。文(ひろ)し、之を略す。第七巻の初めに識通(しきつう)(そく)を明かし、十葉より下には修道品を明かし、三十葉より対治助開を明かし、六十八葉より知次位を明かし、七十八葉より能安忍を明かし、八十一葉より無法愛を明かすなり。已上(いじょう)、十乗(おわ)んぬ。

第八巻には煩悩(ぼんのう)境・病患(びょうげん)境・業相(ごうそう)境・魔事(まじ)境を明かすなり。第九巻に禅境を明かし、第十巻に見境を明かす。後の三境は略して(これ)()べず。止観の第一初に(いわ)く「(わずか)に見境に至って法輪(ほうりん)の転ずるを()め、後の分を()べずと」云云。弘の十・七十四。

其の後、妙楽大師、弘決(ぐけつ)二十二巻を造って止観の(もん)消釈(しょうしゃく)するなり。(しか)る後、宋朝(そうちょう)()(れい)・浄覚・従義等の処々の解釈、異義(ふん)()たり。(しか)りと(いえど)も、()門、(くう)門、(そう)(やく)門を出でざるなり。


                   つづく
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by johsei1129 | 2015-11-13 22:21 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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