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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 11月 10日

釈迦仏等の仏の法華経の文字を敬ひ給ふことは民の王を恐れ星の月を敬ふが如しと説いた【浄蔵浄眼御消息】

【浄蔵浄眼御消息】
■出筆時期:弘安三年(1280年)七月七日二月二十五日 五十九歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は文中で記されている六老僧の一人甲斐公日持の兄、松野六郎左衛門尉に宛てられた消息と思われます。大聖人は本抄で、「楽徳という長者が時の国王に余りに責められ(年貢を取り立てられ)たため他国に逃げ仕官し、関白になり今度は元の国を支配するようになる。元の国王は楽徳を見て恐れを為し只命を生き生き長らえうと励んた」故事を記され、「法華経も又斯の如く<略>釈迦仏等の仏の法華経の文字を敬ひ給ふことは民の王を恐れ星の月を敬ふが如し」と諭されておられます。甲斐公が大聖人に語るところによると、松野入道は子息が病死したことが機縁となり法華経信仰を深めていきますが、そのことについて大聖人は「前前は只荒増(あらまし)の事かと思いて候へば是程御志の深く候ひける事は始めて知りて候。又若しやの事候はばくらき闇に月の出づるが如く、妙法蓮華経の五字・月と露(あらわ)れさせ給うべし。其の月の中には釈迦仏・十方の諸仏・乃至前に立たせ給ひし御子息の露れさせ給ふべしと思し召せ」と励まされておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[浄蔵浄眼御消息 本文]

きごめの俵一・瓜篭一・根芋品品の物給い候畢んぬ。楽徳と名付けける長者に身を入れて我が身も妻も子も夜も昼も責め遣はれける者が、余りに責められ堪えがたさに隠れて他国に行きて其の国の大王に官仕へける程に・きりもの(権家)に成りて関白と成りぬ、後に其の国を力として我が本の主の国を打ち取りぬ、其の時本の主・此の関白を見て大に怖れ前に悪く当りぬるを悔ひかへして官仕へ様様の財を引きける、前に負けぬる物の事は思ひもよらず今は只命のいきん事をはげむ。

法華経も又斯(かく)の如く法華経は東方の薬師仏の主・南方・西方・北方・上下の一切の仏の主なり、釈迦仏等の仏の法華経の文字を敬ひ給ふことは民の王を恐れ星の月を敬ふが如し、然るに我等衆生は第六天の魔王の相伝の者・地獄・餓鬼・畜生等に押し篭められて気もつかず朝夕獄卒を付けて責むる程に、兎角して法華経に懸り付きぬれば釈迦仏等の十方の仏の御子とせさせ給へば、梵王・帝釈だにも恐れて寄り付かず何に況や第六天の魔王をや、魔王は前には主なりしかども今は敬ひ畏(おそ)れて、あしうせば法華経・十方の諸仏の御見参にあしうや入らんずらんと恐れ畏て供養をなすなり、何(いか)にしても六道の一切衆生をば法華経へ・つけじと・はげむなり、然るに何なる事にや・をはすらん皆人の憎み候日蓮を不便(ふびん)とおぼして、かく遥遥(はるばる)と山中へ種種の物送りたび候事一度二度ならず、ただごとにあらず偏へに釈迦仏の入り替らせ給へるか。又をくれさせ給ひける御君達の御仏にならせ給いて父母を導かんために御心に入り替らせ給へるか。

妙荘厳王と申せし王は悪王なりしかども御太子・浄蔵浄眼の導かせ給いしかば父母二人共に法華経を御信用有りて仏にならせ給いしぞかし。

是もさにてや・候らんあやしく覚え候、甲斐公が語りしは常の人よりも・みめ形も勝れて候し上・心も直くて智慧賢く、何事に付けても・ゆゆしかりし人の疾(とく)はかなく成りし事の哀れさよと思ひ候しが、又倩(つらつら)思へば此の子なき故に母も道心者となり父も後世者に成りて候は只とも覚え候はぬに、又皆人の悪み候・法華経に付かせ給へば偏へに是なき人の二人の御身に添うて勧め進らせられ候にやと申せしが・さもやと覚え候。前前は只荒増の事かと思いて候へば是程御志の深く候ひける事は始めて知りて候、又若しやの事候はばくらき闇に月の出づるが如く妙法蓮華経の五字・月と露れさせ給うべし。其の月の中には釈迦仏・十方の諸仏・乃至前に立たせ給ひし御子息の露れさせ給ふべしと思し召せ。委くは又又申すべし、恐恐謹言。
七月七日           日 蓮 花押





by johsei1129 | 2015-11-10 20:38 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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