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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 24日

信心と申すは妻の夫を惜しむが如く南無妙法蓮華経と唱へ奉るを信心とは申し候と説いた【妙一尼御前御返事】

【妙一尼御前御返事】
■出筆時期:弘安三年(1280年)五月十八日 五十九歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は、佐渡また身延の大聖人の元へ自身の使いの者である「滝王丸」を遣わされた徳信の信徒・妙一尼に送られた消息です。※参照妙一尼御前御消息
大聖人は本抄で信心について「妻のをおとこ(夫)をおしむが如く(略)法華経釈迦多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神等に信を入れ奉りて南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり」とわかりやすい喩えを引用して説かれおられます。さらに法華経方便品の「正直捨方便」、譬諭品の「不受余経一偈」の経文を「女の鏡をすてざるが如くすこしもすつる心なく案じ給うべく候」と励まされておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[妙一尼御前御返事 本文]

夫(それ)信心と申すは別にはこれなく候、妻のをとこ(夫)をおしむが如く、をとこの妻に命をすつるが如く、親の子をすてざるが如く・子の母にはなれざるが如くに、法華経釈迦多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神等に信を入れ奉りて南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり。

しかのみならず正直捨方便・不受余経一偈の経文を女のかがみ(鏡)をすてざるが如く・男(おとこ)の刀をさすが如く、すこしもすつる心なく案じ給うべく候、あなかしこ・あなかしこ。

五月十八日                日蓮 花押
妙一尼御前御返事

 【妙法蓮華経 方便品第二】
 舎利弗当知 鈍根小智人 著相驕慢者 不能信是法
 今我喜無畏 於諸菩薩中 正直捨方便 但説無上道
 菩薩聞是法 疑網皆已除 千二百羅漢 悉亦当作仏
  [和訳]
舎利弗よ当に知るべし。鈍根で小智の人、相(見た目)に執著して驕慢なる者は、是の法を信ずること能わず。
今我は喜びまた畏る事無く、諸の菩薩の中に於いて正直に方便の教えを捨て但無上道(仏への道)を説かん。
菩薩は是の法を聞きて疑網を皆已に除き、千二百の羅漢(高僧)も悉く亦、当に作仏すべし。

【妙法蓮華経 譬諭品第三】
 若有比丘 為一切智 四方求法 合掌頂受
 但楽受持 大乗経典 乃至不受 余経一偈
 如是之人 乃可為説 如人至心 求仏舎利
 如是求経 得已頂受 其人不復 志求余経
 亦未曾念 外道典籍 如是之人 乃可為説
 告舎利弗 我説是相 求仏道者 窮劫不尽
 如是等人 則能信解 汝当為説 妙法華経
 [和訳]
 若し比丘有りて、一切智の為に四方に法を求め、合掌して頂受し
 但、楽(ね)がって大乗経典(法華経)のみを受持し、乃至し余経の一偈をも受ざらん、
 是之の如き人の為に説くべし。人が至心に仏舎利を求めんが如く
 是の如く経を求め、已に得て頂受し、其人復た、余経を志求せず
 亦、未だ曾て外道の典籍を念ぜざれは、是の之如くの人の為に乃(すなわ)ち説くべし。
 舎利弗に告ぐ「我(釈尊)は是の相をもって仏道を求むる者に説くに、一劫(極めて長い仏教上の時間)を窮(きわむ)るとも尽きず。
 是の如く(この教を求める)の人は、則ち能く信解せり。汝(舎利弗)は当に(この人の)為に妙法華経を説くべし。




by johsei1129 | 2019-11-24 12:53 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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