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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 24日

法華経の文字は六万九千三百八十四字、一字は一仏なり、と説いた【御衣並単衣御書】

【御衣並単衣御書】
■出筆時期:建治元年(1275年)九月二十八日 五十四歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は富木常忍の妻、妙常尼に宛てられた消息です。
妙常尼は前夫と死別しその後富木常忍と再婚します。前夫との間で二男一女をもうけましたが富木常忍と再婚後は常忍の養子となります。長男の伊予房は、佐渡で大聖人に常随給仕し、その振る舞いを大聖人に愛でられ六老僧の一人となった日頂上人です。また次男も出家し、後に日興上人が開基した重須談所の初代学頭に任命された日澄上人となります。これは偏に、妙常尼の大聖人に帰依する信仰心が子供にもそのまま受け継げられた結果であると思われます。
本抄は妙常尼が布並びに御単衣(帷子)を大聖人に供養された事への返書となっております。
大聖人は衣を仏に供養する因縁で法華経で「一切衆生喜見如来」の記別を受けた鮮白比丘尼の謂れを引用した上で、「衣かたびらは一なれども法華経にまいらせ給いぬれば、法華経の文字は六万九千三百八十四字、一字は一仏なり」と記され、妙常尼が供養されたのは帷子一ではあるけど、一字は一仏の法華経に供養されたので、六万九千三百八十四字分の衣を供養したのと同じ功徳があると、妙常尼の志を称えられおられます。
また文末では「この衣をつくりて帷子着、添て法華経を読み候わば日蓮は無戒の比丘なり<略>伊蘭の栴檀をいだすがごとし」と記され、日蓮は無戒の比丘ではあるが貴方の供養された衣を着て法華経を読むなら、まるで悪臭のする伊蘭が香りのよい栴檀になるようのものだと、感謝されておられます。
※伊蘭とはインドの伝説上の高木で、悪臭ひどい、栴檀は香りがよく、悪臭の木の中にまじっても芳香を失わないとされています。

■ご真筆:中山法華経寺所蔵。

法華経の文字は六万九千三百八十四字、一字は一仏なり、と説いた【御衣並単衣御書】_f0301354_18361654.jpg

[真筆本文:下記緑字箇所]

[御衣並単衣御書 本文]

御衣(おんころも)の布並びに御単衣給び候い畢んぬ。
鮮白比丘尼と申せし人は生れさせ給いて御衣をたてまつりたりけり、生長するほどに次第にこの衣大になりけり、後に尼とならせ給いければ法衣となりにけり。
ついに法華経の座にして記別をさづかる一切衆生喜見如来これなり。

又法華経を説く人は柔和忍辱衣と申して必ず衣あるべし。
物たね(種)と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり、竜は小水を多雨(おおあめ)となし、人は小火を大火となす。

衣かたびら(帷)は一なれども法華経にまいらせ給いぬれば、法華経の文字は六万九千三百八十四字、一字は一仏なり、此の仏は再生敗種(さいしょうはいしゅ)を心符とし、顕本遠寿を其の寿とし、常住仏性を咽喉(のんど)とし、一乗妙行を眼目とせる仏なり。
応化非真仏と申して三十二相八十種好の仏よりも法華経の文字こそ真の仏にてはわたらせ給いて、仏在世に仏を信ぜし人は仏にならざる人もあり、仏の滅後に法華経を信ずる人は無一不成仏如来の金言なり。

この衣をつく(裁)りてかたびら(帷子)をきそ(着添)えて法華経をよみて候わば日蓮は無戒の比丘なり、法華経は正直の金言なり、毒蛇の珠をはき、伊蘭の栴檀をいだすがごとし。恐恐謹言。
九月二十八日    日 蓮 花 押
御 返 事



by johsei1129 | 2019-10-24 22:03 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
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