九月十五日
第十三段 妙法流布の必然を明かす
一 今末法に至り等文。
第五の闘諍堅固、文を二と為す。初めに仏記の虚しからざるに約し、正しく妙法の必ず当に流布すべきことを明かす。次に「此の事一定」の下は謗者の罰に寄せて能弘の師徳を明かす。初めを亦二と為す。初めに大集経の文、亦三あり。初めに標、次に「伝え聞く」の下は現を引いて以て釈し、三に「闘諍」の下は結成なり云云。
一 徽宗・欽宗文。
十八史略の第七巻、往いて見よ。及び啓蒙に云云。
一 大蒙古国の皇帝にせめられぬ文。
是れ大元の老皇帝の事なり。太平記第三十八巻及び抄、往いて見よ。
一 今の日本国等文。
恐らくは是れ文永十一年(1274)の事なり。
一 是をもって案ずるに等文。
此の下は仏記虚しからざる中の第二、法華経の文なり。又文を三と為す。初めに標、次に「彼の大集」の下は権を以て実を況し、三に「大地」の下は結成云云。
一 法華経の結縁なき等文。
問う、若し爾らば法華経に結縁ある者の為にも未顕真実に非ずや。
答う、正像の衆生は権大乗を縁と為し、法華の下種を熟す、故に一向の未顕真実には非らざるなり。若し末法の衆生は法華経の結縁無し。何ぞ権大乗を以て縁と為して之を熟せんや。故に一向の未顕真実なり。更に検えよ。
一 六道・四生乃至寸分もたがはざりける文。
問う、顕謗法抄十二・十五の意には、爾前の諸経は文々句々皆是れ未顕真実なり云云。豈相違するに非ずや。
答う、彼の文の意に云く、若し爾前に於て成仏往生を明かすの文々句々は、皆是れ未顕真実なり云云。何ぞ相違と云わんや。啓蒙の一・六十九。
一 後五百歳に一切の仏法の滅せん時等文。
此の文に三意あり。所謂、
一には白法隠没の時来るが故に。
二には本化なれば付嘱せられ給うが故に。
三には本未有善の機有るが故に云云。
迹化未弘の三義に対して見るべし。一切の仏法滅せん時、此の本門深秘の大法広宣流布するなり。是れ時の来れるなり。既に本化の菩薩なるが故に本門深秘の大法を付嘱せられ給うなり。既に付嘱を受く、何ぞ弘通せざらんや。現に「謗法一闡提」なることは是れ本未有善の故なり。「白癩病」は謗法一闡提に譬うるなり。既に本未有善の機有り、何ぞ深秘の大法を下種と為ざらんや。
つづく
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