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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 11月 03日

日蓮はわるき者にて候へども、法華経はいかでかおろかにおはすべきと説いた【西山殿後 家尼御前御返事】

【西山殿後家尼御前御返事】
■出筆時期:弘安四年(1281年) 正月と思われます。 六十歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■執筆の経緯:本抄は、駿河国・西山に住む寡婦の西山殿後家尼が甘酒一桶、山の芋、ところ(野蛯)を供養されたことへの返書となっております。
ところ(野蛯)とはヤマノイモと同属で、根を灰汁抜きして食用にします。当時は新年を祝う食べ物であったとのことで、甘酒とともに送られているので恐らく新年の祝いとして供養されたとものと思われます。

本抄は、供養とはその大小ではなく、あくまで志の純粋さであることを示された書であると言えます。
後家尼が送られた品々は決して高額なものではないですが、夫と死別し頼りになる者もいなく、経済的にも決して楽ではないと思われる中で供養された事に対し、「人に捨てられたる聖(ひじり・大聖人)の、寒にせめられていかに心苦しかるらんと、思ひやらせ給ひて送られたるか」と、大聖人はその志を思いやり「父母に送られしよりこのかた、かゝるねんごろの事にあひて候事こそ候はね。せめての御心ざしに給び候かと覚えて涙もかきあへ候はぬぞ」と、まるで実の父母から送られたように思われると喜ばれておられます。

さらに文末では「日蓮は日本第一のえせものなり。法華経は一切経にすぐれ給へる経なり。心あらん人金をとらんとおぼさば、ふくろをすつる事なかれ。蓮(はちす)をあいせば池をにくむ事なかれ。わるくて仏になりたらば、法華経の力あらはるべし」と記され、世間からは日蓮は日本第一のえせ(僻)ものなりと思われているが、日蓮が広める法華経は他の一切経に超過する経なので、仏になれば法華経の力厳然と合わられるので法華経信仰を貫くよう諭されておられます。
■ご真筆:現存しておりません。古写本:日興上人筆(富士大石寺蔵)

[西山殿後家尼御前御返事 本文]

あまざけ一をけ(桶)、やまのいも、ところ(野蛯)せうせう(少々)給び了んぬ。

梵網経と申す経には一紙一草と申して、かみ一枚、くさひとつ。大論と申すろんにはつちのもち(土の餅)を仏にくやう(供養)せるもの、閻浮提の王となるよしをとかれて候。

これはそれにはにるべくもなし。そのうへ、をとこ(夫)にもすぎわかれ、たのむかた(方)もなきあま(尼)の、するが(駿河)の国西山と申すところより、甲斐国はきゐ(波木井)の山の中にをくられたり。
人にすてられたるひじり(聖=大聖人)の、寒にせめられていかに心ぐるしかるらんと、をも(思)ひやらせ給ひてをくられたるか。

父母にをくれしよりこのかた、かゝるねんごろの事にあひて候事こそ候はね。
せめての御心ざしに給び候かとおぼえて、なみだ(涙)もかきあへ候はぬぞ。

日蓮はわるき者にて候へども、法華経はいかでかおろかにおはすべき。ふくろ(袋)はくさけれども、つゝめる金はきよし。池はきたなけれどもはちす(蓮)はしやうじやう(清浄)なり。

日蓮は日本第一のえせものなり。法華経は一切経にすぐれ給へる経なり。心あらん人金をとらんとおぼさば、ふくろをすつる事なかれ。蓮をあいせば池をにくむ事なかれ。
わるくて仏になりたらば、法華経の力あらはるべし。よって臨終わるくば法華経の名ををりなん。
さるにては日蓮はわるくてもわるかるべし、わるかるべし。恐々謹言。


 月 日
御返事




by johsei1129 | 2015-11-03 16:49 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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