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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 04日

仏はいみじしと言えども法華経に対し参らせ候へば螢火と日月との勝劣なり、と説いた【上野殿御返事】

【上野殿御返事】
■出筆時期:建治四年(1278年)二月二十五日 五十七歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は上野殿(南条時光)が当時飢饉で日本中が苦しんでいる中、種々の食料を供養されたことへの返書となっております。
 大聖人は、仏に土の餅を供養した徳勝童子がその功徳で後にインドを支配する阿育大王となった故事を引いて、「仏はいみじしといへども法華経にたいしまいらせ候へば、螢火と日月との勝劣・天と地との高下なり。仏を供養して・かかる功徳あり、いわうや法華経をや」と、説いて、時光の供養の志をたたえておられます。
 さらに「法華経を信ずる人あり、或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり。<中略>水のごとくと申すはいつもた(絶)いせず信ずるなり。此れはいかなる時も・つねは・たいせず・とわせ給えば水のごとく信ぜさせ給へるか、たうとし・たうとし」と記され、終生変わることのない水の如くの時光の信仰を尊し、尊しと讃えられておられます。
 尚、本抄最も重要な御文は「仏はいみじしといへども法華経にたいしまいらせ候へば、螢火と日月との勝劣・天と地との高下なり」の一文で、仏を生み出した法華経、つまり末法では法華経一部二十八品を図現されたご本尊に帰依することが最も尊いことだと示唆されておられます。
■ご真筆:現存しておりません。古写本:日興上人筆(富士大石寺所蔵)。
[上野殿御返事 本文]

 蹲鴟(いものかしら)・くしがき(串柿)・焼米・栗・たかんな(筍)・すづつ(酢筒)給び候い了んぬ。

 月氏に阿育(あそか)大王と申す王をはしき。一閻浮提四分の一をたなごころに・にぎり、竜王をしたがへて雨を心にまかせ、鬼神をめしつかひ給いき。始めは悪王なりしかども後には仏法に帰し、六万人の僧を日日に供養し、八万四千の石の塔をたて給う。
 此の大王の過去をたづぬれば仏の在世に徳勝童子・無勝童子とて二人のをさ(幼)なき人あり。土の餅を仏に供養し給いて一百年の内に大王と生れたり。

 仏はいみじしといへども法華経にたい(対)しまいらせ候へば、螢火と日月との勝劣・天と地との高下なり。仏を供養して・かかる功徳あり、いわうや法華経をや。土のもちゐを・まいらせて・かかる不思議あり、いわうやすず(種種)のくだ(菓)物をや。かれはけかち(飢渇)ならず・いまはうへたる国なり。此をもつて・をもふに、釈迦仏・多宝仏・十羅刹女、いかでか・まほ(守)らせ給はざるべき。

 抑(そもそも)今の時・法華経を信ずる人あり、或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり。聴聞する時は・も(燃)へたつばかりをもへども、とを(遠)ざかりぬれば・す(捨)つる心あり。水のごとくと申すは・いつもたい(退)せず信ずるなり。此れはいかなる時も・つねは・たいせず・と(訪)わせ給えば・水のごとく信ぜさせ給へるか。たう(尊)とし・たうとし。

 まことやらむ・いえの内に・わづらひの候なるは。よも鬼神のそゐ(所為)には候はじ、十らせち女の信心のぶんざい(分際)を御心みぞ候らむ。まことの鬼神ならば法華経の行者をなやまして・かうべをわらんと・をもふ鬼神の候べきか。又釈迦仏・法華経の御そら(虚)事の候べきかと・ふかくをぼしめし候へ。恐恐謹言。

 二月廿五日          日 蓮 花押

 御返事




by johsei1129 | 2019-11-04 11:16 | 南条時光(上野殿) | Trackback | Comments(0)


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