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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 04日

南無妙法蓮華経は一代の肝心たるのみならず法華経の心なり体なり所詮なり、と説いた【曾谷入道殿御返事】

【曾谷入道殿御返事】
■出筆時期:建治三年(1277年)十一月二十八日 五十六歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は曾谷教信入道が自ら書写した細文字の法華経一部一巻を御供養されるとともに合わせて鵞目十貫等のお布施をしたことへの返書となっております。
大聖人は曾谷教信の法華経書写行にちなみ、「一切経の如是は何なる如是ぞやと尋ぬれば上の題目を指して如是とは申すなり。仏何の経にてもとかせ給いし其の所詮の理をさして題目とはせさせ給いしを、阿難・文殊・金剛手等・滅後に結集し給いし時題目をうちをいて如是我聞と申せしなり」と記され、釈尊が説いた諸教の最初は全て「如是我聞(是の如きに我(多聞第一の阿難)が釈尊より聞きました)」で始まることの意味について詳細に記されておられます。

さらに文末では法華経の題号である南無妙法蓮華経について、「南無妙法蓮華経と申すは一代の肝心たるのみならず法華経の心なり体なり所詮なり、かかるいみじき法門なれども仏滅後・二千二百二十余年の間、月氏に付法蔵の二十四人弘通し給はず、漢土の天台妙楽も流布し給はず<中略>仏法は時により機によりて弘まる事なれば云うにかひなき日蓮が時にこそあたりて候らめ。所詮妙法蓮華経の五字をば当時の人人は名と計りと思へり、さにては候はず体なり体とは心にて候」と断じられておられます。

尚法華経修行の一つ書写行ですが、大聖人は『法蓮抄』で「是は書写の功徳なり、五種法師(受持、読、誦、解説、書写)の中には書写は最下の功徳なり、何に況や読誦なんど申すは無量無辺の功徳なり」と記され、声仏事を為すの如く「身口意の三業」で法華経及び題目を読誦することこそが無限の功徳があると諭されておられます。また日興上人も『富士一跡門徒存知事』で「一、五人一同に云く、如法経を勤行し之を書写し供養す仍つて在在所所に法華三昧又は一日経を行ず。
 日興が云く、此くの如き行儀は是れ末法の修行に非ず、又謗法の代には行ずべからず、之に依つて日興と五人と堅く以て不和なり」と、書写行を末法の修行に非ずと門下の弟子信徒に指導されておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[曾谷入道殿御返事 本文]

 妙法蓮華経一部一巻小字経御供養のために御布施に小袖二重(かさね)・鵞目(がもく)十貫・並びに扇百本。
文句の一に云く「如是とは所聞の法体を挙ぐ」と記の一に云く「若し超八の如是に非ずんば安(いずくん)ぞ此の経の所聞と為さん」と云云、華厳経の題に云く「大方広仏・華厳経・如是我聞」云云、「摩訶般若波羅蜜経・如是我聞」云云、大日経の題に云く「大毘盧遮那(びるしゃな)・神変加持経・如是我聞」云云。
一切経の如是は何(いか)なる如是ぞやと尋ぬれば上の題目を指して如是とは申すなり。仏何(いずれ)の経にても・とかせ給いし其の所詮の理をさして題目とはせさせ給いしを、阿難・文殊・金剛手等・滅後に結集し給いし時題目をうちを(打置)いて如是我聞と申せしなり。

 一経の内の肝心は題目におさまれり、例せば天竺と申す国あり、九万里・七十箇国なり。然れども其中の人畜・草木・山河・大地・皆月氏と申す二字の内にれきれきたり。
譬えば一四天下の内に四洲あり、其の中の一切の万物は月に移りてすこしもかくるる事なし。経も又是くの如く、其の経の中の法門は其の経の題目の中にあり、阿含経の題目は一経の所詮・無常の理をおさめたり、外道の経の題目のあう(阿漚)の二字にすぐれたる事、百千万倍なり。九十五種の外道・阿含経の題目を聞いてみな邪執を倒し無常の正路におもむきぬ、般若経の題目を聞いては体空・但中・不但中の法門をさとり華厳経の題目を聞く人は但中・不但中のさとりあり。大日経・方等・般若経の題目を聞く人は或は折空(しゃくくう)・或は体空・或は但空或は不但空・或は但中・不但中の理をばさとれども、いまだ十界互具・百界千如・三千世間の妙覚の功徳をばきかず。

 その詮を説かざれば法華経より外は理即の凡夫なり、彼の経経の仏・菩薩はいまだ法華経の名字即に及ばず、何に況や題目をも唱へざれば観行即にいたるべしや、故に妙楽大師の記に云く「若し超八の如是に非ずんば安んぞ此の経の所聞と為さん」云云。

彼彼の諸経の題目は八教の内なり網目(あみのめ)の如し、此の経の題目は八教の網目に超えて大綱(おおつな)と申す物なり、今、妙法蓮華経と申す人人はその心をしらざれども、法華経の心をうるのみならず、一代の大綱を覚り給へり。例せば一二三歳の太子・位につき給いぬれば国は我が所領なり、摂政・関白已下は我が所従なりとはしらせ給はねども、なにも此の太子の物なり。

たとえば小児は分別の心なけれども悲母の乳を口にのみぬれば自然に生長するを趙高が様に心おご(傲)れる臣下ありて太子をあなづれば身をほろぼす、諸経・諸宗の学者等・法華経の題目ばかりを唱うる太子をあなづりて趙高が如くして無間地獄に堕つるなり、又法華経の行者の心もしらず題目計りを唱うるが諸宗の智者におどされて退心をおこすはこがい(胡亥)と申せし太子が趙高におどされ・ころされしが如し。

南無妙法蓮華経と申すは一代の肝心たるのみならず法華経の心なり体なり所詮なり、かかるいみじき法門なれども仏滅後・二千二百二十余年の間・月氏に付法蔵の二十四人弘通し給はず、漢土の天台妙楽も流布し給はず、日本国には聖徳太子・伝教大師も宣説し給はず、されば和(わ)法師が申すは僻事にてこそ有るらめと諸人疑いて信ぜず是れ又第一の道理なり、譬えば昭君なんどをあやしの兵(つわもの)なんどが・おかしたてまつるを・みな人よも・さはあらじと思へり、大臣公卿なんどの様なる天台・伝教の弘通なからん法華経の肝心・南無妙法蓮華経を和法師程のものがいかで唱うべしと云云、汝等是を知るや烏(からす)と申す鳥は無下のげす鳥なれども鷲鵰(わしくまたか)の知らざる年中の吉凶を知れり、蛇と申す虫は竜象に及ばずとも七日の間の洪水を知るぞかし、設い竜樹天台の知り給はざる法門なりとも経文顕然ならばなにをか疑はせ給うべき、日蓮をいやしみて南無妙法蓮華経と唱えさせ給はぬは小児が乳をうたがふて・なめず病人が医師(くすし)を疑いて薬を服せざるが如し、竜樹・天親等は是を知り給へども時なく機なければ弘通し給わざるか、余人は又しらずして宣伝せざるか。

仏法は時により機によりて弘まる事なれば云うにかひなき日蓮が時にこそあたりて候らめ。
所詮妙法蓮華経の五字をば当時の人人は名と計りと思へり、さにては候はず体なり体とは心にて候
、章安云く「蓋し序王は経の玄意を叙し玄意は文の心を述す」と云云、此の釈の心は妙法蓮華経と申すは文にあらず義にあらず一経の心なりと釈せられて候。されば題目をはなれて法華経の心を尋ぬる者は猿をはなれて肝をたづねし・はかなき亀なり、山林をすてて菓(このみ)を大海の辺(ほとり)にもとめし猿猴なり、はかなしはかなし。

建治三年丁丑(ひのとうし)霜月二十八日
                  日 蓮 花 押
曾谷次郎入道殿





by johsei1129 | 2019-11-04 09:31 | 曾谷入道 | Trackback | Comments(0)
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