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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 26日

法華経の敵に成ぬれば父母国主の事をも用ひざるが孝養ともなり国の恩を報ずるにて候と説いた【王舎城事】

【王舎城事】
■出筆時期:建治二年(1276年)四月十二日 五十五歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■執筆の経緯:本抄は四条金吾が銭一貫五百文をご供養されたことと、御所が焼亡したと報告されたことへの返書となっております。
大聖人は古代インドのマガダ国の首都で、釈尊が説法したことでも知られている王舎城が度々火災に合われたことの故事を引いて、御所が焼亡したのは「これは国王已にやけぬ知んぬ日本国の果報のつくるしるしなり、然に此の国は大謗法の僧等が強盛にいのりをなして日蓮を降伏せんとする故に弥弥わざはひ来るにや」と断じられておられます。※参照:王舎城

さらに「一切の事は父母にそむき国王にしたがはざれば不孝の者にして天のせめをかうふる、ただし法華経のかたきになりぬれば父母・国主の事をも用ひざるが孝養ともなり」と記し、法華経に随順するとが一切の肝要であると諭されておられます。
■ご真筆:身延山久遠寺に存在したが明治八年の大火で焼失。

[王舎城事 本文]

銭一貫五百文給び候い畢んぬ、

焼亡の事委く承つて候事悦び入つて候、大火の事は仁王経の七難の中の第三の火難・法華経の七難の中には第一の火難なり、夫れ虚空をば剣にてきることなし水をば火焼くことなし、聖人・賢人・福人・智者をば火やくことなし、例せば月氏に王舎城と申す大城は在家・九億万家なり、七度まで大火をこりてやけほろ(亡)びき、万民なげきて逃亡せんとせしに大王なげかせ給う事かぎりなし、其の時賢人ありて云く七難の大火と申す事は聖人のさ(去)り王の福の尽くる時をこり候なり、然るに此の大火・万民をば・やくといえども内裏には火ちかづくことなし、知んぬ王のとが・にはあらず万民の失なりされば万民の家を王舎と号せば火神・名にをそれてやくべからずと申せしかば、さるへんもとて王舎城とぞなづけられしかば・それより火災とどまりぬ、されば大果報の人をば大火はやかざるなり。

これは国王已にやけぬ知んぬ日本国の果報のつくるしるしなり、然に此の国は大謗法の僧等が強盛にいのりをなして日蓮を降伏せんとする故に弥弥わざはひ来るにや、其の上名と申す事は体を顕し候に両火房と申す謗法の聖人・鎌倉中の上下の師なり、一火は身に留りて極楽寺焼(やけ)て地獄寺となりぬ、又一火は鎌倉にはな(放)ちて御所やけ候ぬ、又一火は現世の国をやきぬる上に日本国の師弟ともに無間地獄に堕ちて阿鼻の炎にもえ候べき先表なり、愚癡の法師等が智慧ある者の申す事を用い候はぬは是体(これてい)に候なり、不便不便、先先御文まいらせ候しなり。

御馬のがい(野飼)て候へば又ともびき(友引)してくり(栗)毛(げ)なる馬をこそまうけて候へ、あはれ・あはれ見せまいらせ候はばや、名越の事は是にこそ多くの子細どもをば聞えて候へ、ある人の・ゆきあひて理具の法門自讃しけるを・さむざむにせ(責)めて候けると承り候。

又女房の御いのりの事法華経をば疑ひまいらせ候はねども御信心やよはくわたらせ給はんずらん、如法に信じたる様なる人人も実にはさもなき事とも是にて見て候、それにも知しめされて候、まして女人の御心(みこころ)・風をば・つなぐとも・とりがたし、御いのりの叶い候はざらんは弓のつよくしてつる(絃)よはく・太刀つるぎ(剣)にて・つかう人の臆病なるやうにて候べし、あへて法華経の御とがにては候べからず、よくよく念仏と持斎とを我もすて人をも力のあらん程はせ(防)かせ給へ、譬へば左衛門殿の人ににくまるるがごとしとこまごまと御物語り候へ、いかに法華経を御信用ありとも法華経のかたきを・とわり(後妻)ほどには・よもおぼさじとなり、一切の事は父母にそむき国王にしたがはざれば不孝の者にして天のせめをかうふる、ただし法華経のかたきに・なりぬれば父母・国主の事をも用ひざるが孝養ともなり国の恩を報ずるにて候。

されば日蓮は此の経文を見候しかば父母手をす(擦)りてせいせしかども師にて候し人かんだうせしかども・鎌倉殿の御勘気を二度まで・かほり・すでに頚となりしかども・ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん、日本国に国主・父母・師匠の申す事を用いずしてついに天のたすけをかほる人は日蓮より外は出しがたくや候はんずらん、是より後も御覧あれ日蓮をそしる法師原が日本国を祈らば弥弥国亡ぶべし、結句せめの重からん時・上一人より下万民まで・もとどり(髻)をわかつやつこ(奴僕)となりほぞ(臍)をくうためし(例)あるべし、後生はさてをきぬ今生に法華経の敵となりし人をば梵天・帝釈・日月・四天・罰し給いて皆人に・みこ(見懲)りさせ給へと申しつけて候、日蓮・法華経の行者にてあるなしは是れにて御覧あるべし、かう申せば国主等は此の法師のをどすと思へるか、あへてにくみては申さず大慈大悲の力・無間地獄の大苦を今生にけ(消)さしめんとなり、章安大師云く「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、かう申すは国主の父母・一切衆生の師匠なり、事事多く候へども留(とどめ)候ぬ、又麦の白米一だ(駄)はしかみ(薑)送り給び候い畢んぬ。

建治元年乙亥(きのとい)卯月十二日     日 蓮 花 押
四条金吾殿御返事

by johsei1129 | 2019-10-26 11:43 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
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