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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 26日

此れを信ぜじと思へば如来の金言を疑ふ失は、経文明かに阿鼻地獄の業と見へぬと説いた【松野殿御 消息】

【松野殿御消息】
■出筆時期:建治二年(1276年)二月十七日 五十五歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■執筆の経緯:本抄は駿河松野の領主で六老僧の一人蓮華阿闍梨日時の父、また南条時光の外祖父でもある松野入道に送られて消息です。
大聖人は本抄で法華経薬王品の文を引いて、「是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如し。一切衆生の中に於て亦為第一なり」と示すとともに「此れを信ぜじと思へば如来の金言を疑ふ失は経文明かに阿鼻地獄の業と見へぬ」と断じられておられます。
また松野入道が、度々大難に遭っている大聖人に帰依し、法華経信仰を貫いていることに対し「在家の御身として皆人にくみ候に、而もいまだ見参に入り候はぬに何と思し食して御信用あるやらん、是れ偏に過去の宿植なるべし、来生に必ず仏に成らせ給うべき」と讃えられておられます。
■ご真筆:京都市 妙覚寺、他一箇所にて断簡所蔵。
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[真筆本文:下記緑字箇所]

[松野殿御消息 本文]

柑子(こうじ)一篭・種種の物送り給(たび)候、法華経第七巻薬王品に云く衆星の中に月天子最も為(これ)第一なり此の法華経も亦復是くの如し、千万億種の諸の経法の中に於て最も為照明なり云云、文の意は虚空の星は或は半里或は一里或は八里或は十六里なり、天の満月輪は八百里にてをはします、華厳経六十巻或は八十巻・般若経六百巻・方等経六十巻・涅槃経四十巻三十六巻・大日経・金剛頂経・蘇悉地経・観経・阿弥陀経等の無量無辺の諸経は星の如し、法華経は月の如しと説かれて候経文なり、此れは竜樹菩薩・無著菩薩・天台大師・善無畏三蔵等の論師・人師の言にもあらず、教主釈尊の金言なり・譬へば天子の一言の如し、又法華経の薬王品に云く能く「是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如し。一切衆生の中に於て亦為第一なり」等云云。

文の意は法華経を持つ人は男ならば何なる田夫にても候へ、三界の主たる大梵天王・釈提桓因(しゃくだいかんいん)・四大天王・転輪聖王乃至漢土・日本の国主等にも勝れたり、何に況や日本国の大臣公卿・源平の侍・百姓等に勝れたる事申すに及ばず、女人ならば橋尸迦女(きょうしかにょ)・吉祥天女・漢の李夫人・楊貴妃等の無量無辺の一切の女人に勝れたりと説かれて候、案ずるに経文の如く申さんとすればをびただしき様なり人もちゐん事もかたし。

此れを信ぜじと思へば如来の金言を疑ふ失は経文明かに阿鼻地獄の業と見へぬ、進退わづらひ有り何(いか)がせん、此の法門を教主釈尊は四十余年が間は胸の内にかくさせ給う、さりとてはとて御年七十二と申せしに南閻浮提の中天竺・王舎城の丑寅・耆闍崛山にして説かせ給いき、今日本国には仏・御入滅一千四百余年と申せしに来りぬ、夫より今七百余年なり、先き一千四百余年が間は日本国の人・国王・大臣・乃至万民一人も此の事を知らず。

今此の法華経わたらせ給へども或は念仏を申し・或は真言にいとまを入れ・禅宗持斎なんど申し或は法華経を読む人は有りしかども南無妙法蓮華経と唱うる人は日本国に一人も無し、日蓮始めて建長五年夏の始より二十余年が間・唯一人・当時の人の念仏を申すやうに唱うれば人ごとに是れを笑ひ・結句はのりうち切り流し頚をはねんとせらるること・一日・二日・一月・二月・一年・二年ならざればこら(堪)ふべしともをぼえ候はねども、此の経の文を見候へば檀王と申せし王は千歳が間・阿私仙人に責めつかはれ身を牀(ゆか)となし給ふ、不軽菩薩と申せし僧は多年が間・悪口罵詈せられ刀杖瓦礫を蒙り、薬王菩薩と申せし菩薩は千二百年が間身をやき七万二千歳ひぢ(臂)を焼き給ふ、此れを見はんべるに何なる責め有りともいかでかさてせ(塞)き留むべきと思ふ心に今まで退転候はず。

然るに在家の御身として皆人にくみ候に、而もいまだ見参に入り候はぬに何と思し食して御信用あるやらん、是れ偏に過去の宿植なるべし、来生に必ず仏に成らせ給うべき期の来りてもよを(催)すこころなるべし、其の上経文には鬼神の身に入る者は此の経を信ぜず・釈迦仏の御魂の入りかはれる人は・此の経を信ずと見へて候へば・水に月の影の入りぬれば水の清むがごとく・御心の水に教主釈尊の月の影の入り給ふかとたのもしく覚へ候、法華経の第四法師品に云く「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て合掌して我が前に在つて無数の偈を以て讃めん、是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん、持経者を歎美せんは其の福復た彼れに過ぎん」等云云、文の意は一劫が間教主釈尊を供養し奉るよりも末代の浅智なる法華経の行者の上下万人にあだまれて餓死すべき比丘等を供養せん功徳は勝るべしとの経文なり。

一劫と申すは八万里なんど候はん青めの石を・やすり(鑢)を以て無量劫が間す(磨)るともつきまじきを、梵天三銖の衣と申してきはめてほそくうつくし(羅綺)きあま(天)の羽衣を以て三年に一度下てな(撫)づるになでつくしたるを一劫と申す、此の間無量の財を以て供養しまいらせんよりも濁世の法華経の行者を供養したらん功徳はまさるべきと申す文なり、此の事信じがたき事なれども法華経はこれていにをびただしく、ことごとしき事どもあまた侍(はん)べり、又信ぜじと思へば多宝仏は証明を加へ教主釈尊は正直の金言となのらせ給ふ、諸仏は広長舌を梵天につけ給いぬ。

父のゆづりに母の状をそゑて賢王の宣旨を下し給うが如し、三つ是一同なり誰か是れを疑はん、されば是れを疑いし無垢論師は舌五つに破(わ)れ嵩(すう)法師は舌ただれ三階禅師は現身に大蛇となる徳一は舌八つにさけにき、其れのみならず此の法華経並に行者を用ひずして身をそんじ家をうしない国をほろぼす人人・月支・震旦に其の数をしらず、第一には日天・朝に東に出で給うに大光明を放ち天眼を開きて南閻浮提を見給うに法華経の行者あれば心に歓喜し行者をにくむ国あれば天眼をいからして其の国をにらみ給い、始終用いずして国の人にくめば其の故と無くいくさ(軍)をこり他国より其の国を破るべしと見えて候。

昔し徳勝童子と申せしをさな(幼)き者は土の餅を釈迦仏に供養し奉りて阿育大王と生れて閻浮提の主と成りて結句は仏になる、今の施主の菓子等を以つて法華経を供養しまします、何かに十羅刹女等も悦び給らん、悉く尽しがたく候、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。

二月十七日                    日 蓮 花 押
松野殿御返事

by johsei1129 | 2019-10-26 11:12 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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