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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 23日

釈迦如来世に出でさせ給いて<略>浅深勝劣虚妄真実を定めて四十余年未だ真実を顕さずと説いた【浄蓮房御書】

【浄蓮房御書】
■出筆時期:建治元年(1275年)六月二十七日 五十四歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■執筆の経緯:本書は駿河国庵原郡の信徒、浄蓮房に宛てられた書です。
文末で「浄蓮上人の親父は彼等の人人(念仏僧)の御檀那なり」とあるように、浄蓮房の亡き父親、また浄蓮房自身も元々念仏の強信徒であったと思われます。

恐らく浄蓮房は自身は日蓮大聖人に帰依したが、念仏を信じて亡くなった父親の来世について大聖人に問われたと思われます。これに対し大聖人は本書で、法然に強い影響を与えた中国浄土教の僧・善導和尚の依経である「観無量寿経」の本意を詳細に示して破折しておられます。その上で「浄蓮上人の法華経を持ち給う御功徳は慈父の御力なり<中略>此れは又慈父なり・子息なり。浄蓮上人の所持の法華経いかでか彼の故聖霊の功徳とならざるべき」と記され、浄蓮房が法華経信仰を貫くなら必ず亡き父の聖霊の功徳となると励まされておられます。

尚、追伸で「返す返すするがの人人みな同じ御心と申させ給い候へ」と書かれておられるのは、この年(建治元年)の六月に入り、日興上人の折伏で駿河・熱原郷の天台宗滝泉寺の僧侶・在家信徒が大聖人に次々と帰依し、それにともない滝泉寺院主側によるこれら信徒への迫害が勃発していたので、大聖人は浄蓮房に、迫害された信徒らに心を一つにして法華経信仰を貫くよう申し伝えてくださいと指導されておられます。
■ご真筆:現存しておりません。:古写本:日興上人筆(北山本門寺所蔵)

[浄蓮房御書 本文]

 細美帷(さいみ・かたびら)一つ送り給び候い畢んぬ、
 善導和尚と申す人は漢土に臨淄(しりん)と申す国の人なり。幼少の時・密州と申す国の明勝と申す人を師とせしが、彼の僧は法華経と浄名経を尊重して我も読誦し・人をもすすめしかば善導に此れを教ゆ。善導此れを習いて師の如く行ぜし程に、過去の宿習にや有りけん、案じて云く、仏法には無量の行あり、機に随いて皆利益あり、教いみじと・いへども機にあたらざれば虚しきがごとし。されば我れ法華経を行ずるは我が機に叶はずは・いかんが有るべかるらん、教には依るべからずと思いて一切経蔵に入り、両眼を閉ぢて経をとる。観無量寿経を得たり。

 披見すれば此の経に云く「未来世の煩悩の賊に害せらるる者の為・清浄の業を説く」等云云。
 華厳経は二乗のため法華経・涅槃経等は五乗に・わたれども・たいしは聖人のためなり。末法の我等が為なる経は唯観経にかぎれり。釈尊最後の遺言には涅槃経にはすぐべからず。彼の経には七種の衆生を列ねたり。

 第一は入水則没の一闡提人なり。生死の水に入りしより已来(このかた)・いまに出でず。譬へば大石を大海に投げ入れたるがごとし。身重くして浮ぶことを習はず。常に海底に有り。此れを常没と名く、

 第二をば出已復没(しゅっちぶもつ)と申す。譬へば身に力有りとも浮ぶことを・ならはざれは出で已(おわ)つて復入りぬ・此れは第一の一闡提の人には有らねども一闡提のごとし、又常没と名く。

 第三は出已不没と申す。生死の河を出でてより・このかた没することなし。此れは舎利弗等の声聞なり。第四は出已即住・第五は観方・第六は浅処・第七は到彼岸等なり。第四・第五・第六・第七は縁覚・菩薩なり。釈迦如来世に出でさせ給いて一代五時の経経を説き給いて第三已上の人人を救い給い畢んぬ。第一は捨てさせ給いぬ。法蔵比丘・阿弥陀仏、此れをうけとつて四十八願を発して迎えとらせ給う。十方三世の仏と釈迦仏とは第三已上の一切衆生を救い給う。

 あみだ仏は第一第二を迎えとらせ給う。而るに今末代の凡夫は第一第二に相当れり。而るを浄影(じょうよう)大師・天台大師等の他宗の人師は此の事を弁えずして九品の浄土に聖人も生ると思へり。誤りが中の誤りなり。一向末代の凡夫の中に上三品は遇大・始めて大乗に値える凡夫、中の三品は遇小・始めて小乗に値へる凡夫、下の三品は遇悪・一生造悪・無間非法の荒凡夫なり。臨終の時・始めて上の七種の衆生を弁えたる智人に行きあひて、岸の上の経経をうちすてて水に溺るるの機を救はせ給う。観経の下品・下生の大悪業に南無阿弥陀仏を授けたり。
 されば我れ一切経を見るに法華経等は末代の機には千中無一なり。第一第二の我等衆生は第三已上の機の為に説かれて候法華経等を末代に修行すれば身は苦しんで益なしと申して、善導和尚は立ち所に法華経を抛(な)げすてて観経を行ぜしかば、三昧発得して・阿弥陀仏に見参して重ねて此の法門を渡し給う。四帖の疏(しょ)是なり。導の云く「然るに諸仏の大悲は苦なる者に於て心偏に常没の衆生を愍念(みんねん)す。是を以て勧めて浄土に帰せしむ。亦水に溺るる人の如く、急に須く偏に救うべし。岸上の者・何ぞ用いて済(すく)うことを為さん」と云云。

 又云く「深心と言えるは即ち是れ深信の心なり。亦二種有り。
 一には決定して自身は現に是れ罪悪生死の凡夫なり。曠劫(こうごう)より已来(このかた)、常に没し・常に流転して出離の縁有ること無しと深信す」
 又云く「二には決定して彼の阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受(しょうじゅ)したもうこと疑ひ無く・慮(おもんぱか)り無く、彼の願力に乗ずれば定めて往生を得ると深信す」云云。
 此の釈の心は上にかき顕して候。浄土宗の肝心と申すは此れなり。我等末代の凡夫は涅槃経の第一・第二なり。さる時に釈迦仏の教には出離の縁有ること無し。法蔵比丘の本願にては「定得往生と知るを三心の中の深心とは申すなり」等云云。此又導和尚の私儀には非ず。綽(しゃく)禅師と申せし人の涅槃経を二十四反かうぜしが、曇鸞法師の碑の文を見て立ち所に涅槃経を捨てて観経に遷りて後、此の法門を導には教えて候なり。
 鸞法師と申せし人は斉の代の人なり。漢土にては時に独歩の人なり。初には四論と涅槃経とをかうぜしが、菩提流支と申す三蔵に値いて四論と涅槃を捨て観経に遷りて往生をとげし人なり。三代が間伝えて候法門なり。漢土・日本には八宗を習う智人も正法すでに過ぎて像法に入りしかば、かしこき人人は皆自宗を捨てて浄土の念仏に遷りし事此なり。日本国のいろは・は天台山の慧心の往生要集此なり。三論の永観(ようかん)が十因・往生講の式、此等は皆此の法門をうかがい得たる人人なり。法然上人も亦爾なり云云。
 日蓮云く、此の義を存ずる人人等も但恒河(ごうが)の第一第二は一向浄土の機と云云。此れ此の法門の肝要か。日蓮・涅槃経の三十二と三十六を開き見るに、第一は誹謗正法の一闡提・常没の大魚と名けたり。第二は又常没・其の第二の人を出ださば提婆達多・瞿伽梨・善星等なり。此れは誹謗五逆の人人なり。詮する所・第一第二は謗法と五逆なり。法蔵比丘の「設い我仏を得んに十方衆生至心に信楽(しんぎょう)して我が国に生れんと欲し乃至十念して若し生ぜずんば正覚を取らじ。唯五逆と誹謗正法とを除く」云云。
 此の願の如きんば法蔵比丘は恒河の第一・第二を捨てはててこそ候いぬれ。導和尚の如くならば末代の凡夫・阿弥陀仏の本願には千中無一なり。法華経の結経たる普賢経には五逆と誹謗正法は一乗の機と定め給いたり。されば末代の凡夫の為には法華経は十即十生・百即百生なり。善導和尚が義に付いて申す詮は私案にはあらず。阿弥陀仏は無上念王たりし時・娑婆世界は已にすて給いぬ。釈迦如来は宝海梵志として此の忍土を取り給い畢んぬ。十方の浄土には誹謗正法と五逆と一闡提とをば迎うべからずと阿弥陀仏・十方の仏誓い給いき。宝海梵志の願に云く「即ち十方浄土の擯出の衆生を集めて我当に之を度すべし」云云。法華経に云く「唯我一人のみ能く救護を為す」等云云。
 唯我一人の経文は堅きやうに候へども釈迦如来の自義にはあらず。阿弥陀仏等の諸仏・我と娑婆世界を捨てしかば、教主釈尊・唯我一人と誓つてすでに娑婆世界に出で給いぬる上はなにをか疑い候べき。
 鸞・綽・導・心・観・然等の六人の人人は智者なり、日蓮は愚者なり・非学生なり。但し上の六人は何れの国の人ぞ。三界の外の人か、六道の外の衆生か。阿弥陀仏に値い奉りて出家受戒して沙門となりたる僧か。
 今の人人は将門・純友・清盛・義朝等には種性も及ばず威徳も足らず、心のがう(剛)さは申すばかりなけれども、朝敵となりぬれば其の人ならざる人人も将門か純友かと舌にうちからみて申せども・彼の子孫等も・とがめず。義朝なんど申すは故右大将家の慈父(ちちぎみ)なり。子を敬いまいらせば父をこそ敬いまいらせ候べきに、いかなる人人も義朝・為朝なんど申すぞ。此れ則ち王法の重く、逆臣の罪のむくゐなり。上の六人も又かくのごとし。
 釈迦如来・世に出でさせ給いて一代の聖教を説きをかせ給う。五十年の説法を我と集めて浅深・勝劣・虚妄・真実を定めて四十余年は未だ真実を顕さず、已今当(いこんとう)第一等と説かせ給いしかば・多宝・十方の仏、真実なりと加判せさせ給いて定めをかれて候を、彼の六人は未顕真実の観経に依りて皆是れ真実の法華経を第一第二の悪人の為にはあらずと申さば、今の人人は彼にすかされて数年を経たるゆへに・将門・純友等が所従等、彼を用いざりし百姓等を或は切り・或は打ちなんどせしがごとし。彼をおそれて従いし男女は官軍にせめられて彼の人人と一時に水火のせめに値いしなり。
 今日本国の一切の諸仏・菩薩・一切の経を信ずるやうなれども、心は彼の六人の心なり、身は又彼の六人の家人なり。彼の将門等は官軍の向はざりし時は大将の所従・知行の地・且らく安穏なりしやうなりしかども、違勅の責め近づきしかば・所は修羅道となり、男子は厨者(ちゅうしゃ)の魚をほふ(屠)るがごとし。炎に入り水に入りしなり。今日本国も又かくのごとし。彼の六人が僻見に依つて、今生には守護の善神に放されて三災七難の国となり、後生には一業所感の衆生なれば阿鼻大城の炎に入るべし。法華経の第五の巻に末代の法華経の強敵を仏記し置き給えるは如六通羅漢と云云。上の六人は尊貴なること六通を現ずる羅漢の如し。

 然るに浄蓮上人の親父は彼等の人人の御檀那なり。仏教実ならば無間大城疑いなし。又君の心を演(の)ぶるは臣、親の苦をやすむるは子なり。目蓮尊者は悲母の餓鬼の苦を救い、浄蔵浄眼は慈父の邪見を翻し給いき。父母の遺体は子の色心なり、浄蓮上人の法華経を持ち給う御功徳は慈父の御力なり。提婆達多は阿鼻地獄に堕ちしかども天王如来の記を送り給いき。彼は仏と提婆と同性一家なる故なり。此れは又慈父なり・子息なり。浄蓮上人の所持の法華経いかでか彼の故聖霊の功徳とならざるべき。事多しと申せども止め畢(おわ)んぬ。三反・人に・よませて・きこしめせ。恐恐謹言。

 六月二十七日   日 蓮 花 押

 返す返す・するが(駿河)の人人みな同じ御心と申させ給い候へ。




by johsei1129 | 2019-10-23 07:02 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)


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