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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 12月 02日

仮字の御書を先師の恥辱として焼却した五老僧を、先師の跡を破滅すると断じた【富士一跡門徒存知事】

【富士一跡門徒存知事】
■出筆時期:延慶二年(1309) 日興上人六十四歳御作
■出筆場所:富士・重須談所にて。
■出筆の経緯:本抄は「日蓮一期の弘法」を付属された日興上人が、大聖人が御遷化直前に定めた六老僧の内、御自身以外の他の五老僧の謗法を詳細に記した書です。
当初日興上人は晩年を過ごされた重須談所の初代学頭に任じた日澄(にっちょう)に草案の作成を命じましたが未完に終わり、その草案を自ら補筆修正及び追加し完成されたものと思われます。
本書で示された大聖人の法門に対する日興上人と他の五老僧との最も大きな違いは、大聖人がその生涯の全てをかけて、末法万年尽未来際に残すべく記された御書に対する姿勢です。

日興上人は本書で「彼の五人一同の義に云く、聖人御作の御書釈は之無き者なり、縦令(たとい)少少之有りと雖も或は在家の人の為に仮字を以て仏法の因縁を粗之を示し、若は俗男俗女の一毫(いちごう)の供養を捧ぐる消息の返札に施主分を書いて愚痴の者を引摂したまえり、而るに日興、聖人の御書と号して之を談じ之を読む、是れ先師の恥辱を顕す云云、故に諸方に散在する処の御筆を或はスキカエシに成し或は火に焼き畢んぬ。此くの如く先師の跡を破滅する故に具に之を註して後代の亀鏡と為すなり」と記され、大聖人が信徒に分かりやすいよう仮名混じりで書かれた消息を、五老僧が 「先師の恥である」として、漉(す)き返したり焼却したことを、「先師の跡を破滅する」行為であると厳しく批判されておられます。そして日興上人は「具(つぶさ)に之を註して後代の亀鏡(ききょう)と為すなり」と記し、後に五大部、十大部と称される重要御書及び消息文の収集保全に生涯精力を傾けていきます。
■ご真筆:現存しておりません。

[富士一跡門徒存知事 本文]

先ず日蓮聖人の本意は法華本門に於ては曾つて異義有るべからぜるの処、其の整足の弟子等忽に異趣を起して法門改変す況や末学等に於ては面面異轍(いてつ)を生ぜり、故に日興の門葉に於ては此の旨を守つて一同に興行せしむべきの状・仍つて之を録す。
一、聖人御在生の時・弟子六人を定むる事、弘安五年十月 日之を定む
 一 日昭 弁阿闍梨
 二 日朗 大国阿闍梨
 三 日興 白蓮阿闍梨
 四 日向 佐渡阿闍梨
 五 日頂 伊予阿闍梨
 六 日持 蓮華阿闍梨
此の六人の内五人と日興一人と和合せざる由緒(ゆいちょ)条条の事。
一、五人一同に云く、日蓮聖人の法門は天台宗なり、仍つて公所に捧(ささ)ぐる状に云く天台沙門と云云、又云く先師日蓮聖人・天台の余流を汲むと云云、又云く桓武聖代の古風を扇いで伝教大師の余流を汲み法華宗を弘めんと欲す云云。
 日興が云く、彼の天台・伝教所弘の法華は迹門なり今日蓮聖人の弘宣し給う法華は本門なり、此の旨具に状に 載せ畢んぬ、此の相違に依つて五人と日興と堅く以て義絶し畢んぬ。
一、五人一同に云く、諸の神社は現当を祈らんが為なり仍つて伊勢太神宮と二所と熊野と在在所所に参詣を企て精誠(せいじょう)を致し二世の所望を願う。日興一人云く、謗法の国をば天神地祗(ちぎ)並びに其の国を守護するの善神捨離して留(とどま)らず、故に悪鬼神・其の国土に乱入して災薙を致す云云、此の相違に依つて義絶し畢んぬ。
一、五人一同に云く、如法経を勤行し之を書写し供養す仍つて在在所所に法華三昧又は一日経を行ず。
 日興が云く、此くの如き行儀は是れ末法の修行に非ず、又謗法の代には行ずべからず、之に依つて日興と五人と堅く以て不和なり。
一、五人一同に云く、聖人の法門は天台宗なり仍つて比叡山に於て出家授戒し畢んぬ。
 日興が云く、彼の比叡山の戒は是は迹門なり像法所持の戒なり、日蓮聖人の受戒は法華本門の戒なり今末法所持の正戒なり、之に依つて日興と五人と義絶し畢んぬ。
 已前の条条大綱此くの如し此の外巨細具(こさい・つぶさ)に注し難きなり。
一、甲斐の国・波木井郷・身延山の麓に聖人の御廟あり而るに日興彼の御廟に通ぜざる子細は彼の御廟の地頭・南部六郎入道(法名日円)は日興最初発心の弟子なり、此の因縁に依つて聖人御在所・九箇年の問帰依し奉る滅後其の年月義絶する条条の事。
           
釈迦如来を造立供養して本尊と為し奉るべし是一。
次に聖人御在生九箇年の間・停止(ちょうじ)せらるる神社参詣其の年に之を始む二所(にしょ)・三島(みしま)に参詣を致せり是二。
次に一門の勧進と号して南部の郷内のフクシ(福士)の塔を供養奉加・之有り是三。
 次に一門仏事の助成と号して九品念仏の道場一宇之を造立し荘厳せり、甲斐国其の処なり是四。已上四箇条の謗法を教訓するに日向之を許すと云云、此の義に依つて去る其の年月・彼の波木井入道の子孫と永く以て師弟の義絶し畢(おわ)んぬ、仍(よ)つて御廟に相通ぜざるなり。

一、聖人の御例に順じ日興六人の弟子を定むる事。
聖人に常随給仕(じょうずいきゅうじ)す。
一 日目
二 日華
三 日秀
四 日禅
五 日仙
六 日乗 聖人に値い奉らず。

已上の五人は詮ずるに聖人給仕の輩なり、一味和合して異義有るべからざるの旨・議定(ぎてい)する所なり。

一、聖人御影像(みえぞう)の事。
 或は五人と云い或は在家と云い絵像・木像に図し奉る事・在在所所に其の数を知らず而るに面面不同なり。
 ここに日興が云く、御影(みえい)を図(ず)する所詮は後代に知らしめん為なり是に付け非に付け・有りの儘(まま)に図し奉る可きなり、之に依つて日興門徒の在家出家の輩・聖人を見奉る仁等・一同に評議して其の年月図し奉る所なり、全体異らずと雖も大概麁相(そそう)に之を図(ず)す仍つて裏に書き付けを成すなり、但し彼の面面の図像一も相似ざる中に去る正和二年日順図絵(ずえ)の本有り、相似の分なけれども自余の像よりも少し面影有り、而る間・後輩に彼此是非を弁ぜしめんが為裏書(うらがき)に不似と之を付け置く。

一、聖人御書の事 付けたり十一ケ条
 彼の五人一同の義に云く、聖人御作の御書釈は之無き者なり、縦令(たとえ)少少之有りと雖も或は在家の人の為に仮字(かな)を以て仏法の因縁を粗之を示し、若は俗男俗女の一毫(いちもう)の供養を捧ぐる消息の返札(へんさつ)に施主分を書いて愚痴の者を引摂(いんじょう)したまえり、而るに日興、聖人の御書と号して之を談じ之を読む、是れ先師の恥辱(ちじょく)を顕す云云、故に諸方に散在する処の御筆を或はスキカエシに成し或は火に焼き畢んぬ。
 此くの如く先師の跡を破滅する故に具(つぶさ)に之を註して後代の亀鏡と為すなり。

一、立正安国論一巻。此れに両本有り一本は文応元年の御作、是れ最明寺殿・宝光寺殿へ奏上の本なり、一本は弘安年中身延山に於て 先本に文言を添えたもう、而して別の旨趣無し只建治の広本(こうほん)と云う。
一、開目抄一巻、今開して上下と為す。
 佐土国の御作・四条金吾頼基に賜う、日興所持の本は第二転なり、未だ正本を以て之を校(かんが)えず。
一、報恩抄一巻、今開して上下と為す。
 身延山に於て本師道善房聖霊の為に作り清澄(きよすみ)寺に送る日向(にこう)が許(もと)に在りと聞く、日興所持の本は第二転なり、未だ正本を以て之を校えず。
一、撰時抄一巻、今開して上中下と為す。
 駿河国西山由井某に賜る、正本日興に上中二巻之れ在り 此中に面目俄(にわか)に聞く事 下巻に於いては日昭が許に之れ在り。

一、下山抄一巻。
 甲斐の国・下山郷の兵庫五郎光基の氏寺・平泉寺(へいせんじ)の住僧因幡房(いなばぼう)日永追い出さるる時の述作なり、直に御自筆を以て遺(つかわ)さる、正本の在所を知らず。
一、観心本尊抄一巻。
一、取要抄一巻。
一、四信五品抄一巻。
法門不審の条条申すに付いての御返事 なり仍つて彼の進状を奥に之を書く 已上の三巻は因幡国富城荘(いなばのくに・ときのしょう)の本主・今は常住下総国(しもふさのくに)五郎入道日常に賜わる、正本は彼の在所に在り。
一、本尊問答抄一巻。
一、唱題目抄一巻。
此の書・最初の御書・文応年中・常途天台宗の義分を以て且く爾前法華の相違を註し給う、仍つて文言義理共に 爾なり
一、御筆抄(おんふでしょう)に法華本門の四字を加う、故に御書に之無しと錐も日興今義に従つて之を置く、先例無きに非ざるか

一、本尊の事四箇条
一、五人一同に云く、本尊に於ては釈迦如来を崇(あが)め奉る可しとて既に立てたり、随つて弟子檀那等の中にも造立供養の御書之れ在りと云云、而る問・盛に堂舎を造り或は一躰を安置し或は普賢文殊を脇士(きょうじ)とす、仍(よ)つて聖人御筆の本尊に於ては彼の仏像の後面に懸(か)け奉り又は堂舎の廊(ほそどの)に之を捨て置く。
 日興が云く、聖人御立(ごりゅう)の法門に於ては全く絵像・木像の仏・菩薩を以て本尊と為さず、唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為す可しと、即ち御自筆の本尊是なり。
一、上の如く一同に此の本尊を忽緒(こっしょ)し奉るの問・或は曼陀羅なりと云つて死人を覆(おお)うて葬(ほうむ)る輩も有り、或は又沽却(こきゃく)する族も有り、此くの如く軽賤(きょうせん)する間・多分は以て失(う)せ畢(おわ)んぬ。
 日興が云く、此の御筆の御本尊は是れ一閻浮提に未だ流布せず正像末に未だ弘通せざる本尊なり、然れば則ち日興門徒の所持の輩に於ては左右無く子孫にも譲り弟子等にも付嘱すべからず、同一所に安置し奉り六人一同に守護し奉る可し、是れ偏に広宣流布の時・本化国主御尋(おんたずね)有らん期(とき)まで深く敬重し奉る可し。
一、日興弟子分の本尊に於ては一一皆書き付け奉る事・誠に凡筆を以て直に聖筆(しょうひつ)を黷(けが)す事最も其の恐れ有りと雖も或は親には強盛の信心を以て之を賜うと雖も子孫等之を捨て、或は師には常随給仕の功に酬いて之を授与すと雖も弟子等之を捨つ、之に依つて或は以て交易し或は以て他の為に盗まる、此くの如きの類い其れ数多なり故に所賜の本主の交名(きょうみょう)を書き付くるは後代の高名(こうみょう)の為なり。

一、御筆の本尊を以て形木(かたぎ)に彫(きざ)み不信の輩に授与して軽賤する由・諸方に其の聞え有り所謂(いわゆる)日向・日頂・日春等なり。
 日興の弟子分に於ては在家出家の中に或は身命を捨て或は疵(きず)を被(こうむ)り若は又在所を追放せられ一分信心の有る輩に忝(かたじけな)くも書写し奉り之を授与する者なり。
 本尊人数等又追放人等、頸切られ、死を致す人等。

一、本門寺を建つ可き在所の事。
 五人一同に云く、彼の天台・伝教は存生(ぞんしょう)に之を用いらるるの間・直に寺塔を立てたもう、所謂大唐の天台山・本朝の比叡山是なり而るに彼の本門寺に於ては先師・何(いずれ)の国・何の所とも之を定め置かれずと。
 ここに日興云く、凡そ勝地を撰(えら)んで伽藍(がらん)を建立するは仏法の通例なり、然れば駿河国・富士山は是れ日本第一の名山なり、最も此の砌(みぎり)に於て本門寺を建立すべき由・奏聞し畢(おわ)んぬ、仍つて広宣流布の時至り国主此の法門を用いらるるの時は必ず富士山に立てらるべきなり。

一、王城の事。
 右、王城に於ては殊に勝地を撰(えら)ぶ可きなり、就中(なかんずく)仏法は王法と本源躰一なり居処随つて相離(はな)るべからざるか、仍つて南都七大寺・北京(ほくきょう)比叡山・先蹤(せんしょう)之同じ後代改まらず、然れば駿河の国・富士山は広博(こうばく)の地なり一には扶桑国なり二には四神相応の勝地なり、尤(もっと)も本門寺と王城と一所なるべき由・且は往古(おうこ)の佳例(かれい)なり且は日蓮大聖人の本願の所なり。

一、日興集むる所の証文の事。
 御書の中に引用せらるる・若は経論書釈の文・若は内外典籍伝(てんじゃくでん)の文等、或は大綱・随義転用(ずいぎてんゆう)し或は粗意を取つて述用し給えり、之に依つて日興散引の諸文典籍(てんじゃく)等を集めて次第に証拠を勘校(かんこう)す、其の功未だ終らず且らく集むる所なり。
一内外論の要文上下二巻 開目抄の意に依つて之を撰ぶ。
一本迹弘経要文上中下三巻撰時抄の意に依つて之を撰ぶ。
一漢土の天台・妙楽・邪法を対治して正法を弘通する証文一巻。
一日本の伝教大師・南都の邪宗を破失して法華の正法を弘通する証文一巻
已上七巻之を集めて未だ再治せず。

一、奏聞状の事。
一先師聖人文永五年申状一通。
一同八年申状一通。
一日興其の年より申状一通。
一漢土の仏法先ず以て沙汰の次第之を図す一通。
一本朝仏法先ず以て沙汰の次第之を図す一通。
一三時弘経の次第並びに本門寺を建つ可き事。
一先師の書釈要文一通。

一、追加八箇条。
 近年以来日興所立の義を盗み取り己が義と為す輩(やから)出来する由緒条条の事。
一、寂仙房日澄(じゃくせんぼうにっちょう)始めて盗み取つて己が義と為す彼の日澄は民部阿闍梨の弟子なり、仍つて甲斐国下山郷の地頭・左衛門四郎光長は聖人の御弟子なり御遷化の後民部阿闍梨を師と為す帰依僧なり而るに去る永仁年中・新堂を造立し一躰仏を安置するの刻み、日興が許に来臨して所立の義を難ず、聞き已つて自義と為し候処に正安二年民部阿闍梨彼の新堂並びに一躰仏を開眼供養す、ここに日澄・本師民部阿闍梨と永く義絶せしめ日興に帰伏して弟子と為る、此の仁・盗み取つて自義と為すと雖も後改悔帰伏(かいげきぶく)の者なり、
一、去る永仁年中越後国に摩訶一(まかいち)と云う者有り天台宗の学匠なり日興が義を盗み取つて盛んに越後国に弘通するの由之を聞く。
一、去る正安年中以来・浄法房天日と云う者有り聖人に値い奉る日興が義を盗み取り鎌倉に於て之を弘通す、又祖師の添加(てんか)を蔑如(べつじょ)す。
一、弁阿闍梨の弟子少輔房日高去る嘉元年中以来日興が義を盗み取つて下総の国に於て盛んに弘通す。
一、伊予阿闍梨の下総国真間の堂は一躰仏(いったいぶつ)なり、而るに去る年月・日興が義を盗み取つて四脇士を副(そ)う彼の菩薩の像は宝冠形なり。
一、民部阿闍梨も同く四脇士を造り副う、彼の菩薩像は比丘形にして納衣(のうえ)を著す、又近年以来諸神に詣ずる事を留むるの由開くなり。
一、甲斐国に肥前房日伝(にちでん)と云う者有り寂日坊向背の弟子なり日興が義を盗み取つて甲斐国に於て盛んに此の義を弘通す是れ又四脇士(きょうじ)を造り副(そ)う彼(か)の菩薩の像は身皆金色(こんじき)・剃髪(ていはつ)の比丘形なり、又神詣を留むるの由之を聞く。
一、諸方に聖人の御書之を読む由の事。
此の書札の抄・別状有り之を見る可し。

by johsei1129 | 2019-12-02 21:24 | 日興上人 | Trackback | Comments(0)
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