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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 09月 16日

大聖人が発迹顕本なされてた「竜口法難」の契機となった書【行敏御返事】

【行敏御返事】
■出筆時期:文永八年(1271年)七月十三日 五十歳御作
■出筆場所:鎌倉 松葉ケ谷の館にて。
■出筆の経緯:本書を記した直前の七月四日、極楽寺良観は大聖人より「七日のうちに雨を降らせたら余は良観殿の弟子となる、もし雨ふらずば法華経に帰伏して頂く」との降雨の祈祷対決に臨み、十六日間も祈祷したが失敗する。※参照小説日蓮(上)25 極楽寺良観との対決
そしてその直後の7月8日、極楽寺良観の意を受けたと思われる浄土僧の行敏から大聖人に法論の果たし状が届く。
大聖人はそれに対し「私の問答は事行き難く候か、然れば上奏を経られ仰せ下さるるの趣に随つて是非を糾明せらる可く候か」と返書を送り、私人同士の論争では言い争いになり決着がつかないので、衆人監視の公場で是非を決すべきであろう、と逆に提案されておられます。
さらに二ヶ月後の九月十二日、祈祷対決に破れたことで大聖人への敵愾心に取り憑かれた極楽寺良観は、鎌倉幕府の最高実力者・平頼綱と結託、大聖人を評定所に召出し、「竜口法難」に至らしめます。
その意味で本抄は、大聖人が竜口の刑場で発迹顕本なされる契機となった貴重な書と言えます。
■ご真筆:静岡県湖西市 本興寺所蔵。
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[真筆本文:世間令堕悪道法 是二~御不審事私問答難(下記太字箇所)]

[行敏御返事 本文]

[行敏初度の難状

未だ見参(けんざん)に入らずと雖も事の次(ついで)を以て申し承るは常の習に候か、抑(そもそも)風聞の如くんば所立の義尤も以て不審なり、法華の前に説ける一切の諸経は皆是妄語にして出離の法に非ずと是一、大小の戒律は世間を誑惑(おうわく)して悪道に堕せしむるの法と是二、念仏は無間地獄の業為(たり)と是三、禅宗は天魔の説・若し依つて行ずる者は悪見を増長すと是四、事若し実ならば仏法の怨敵なり、仍(よっ)て対面を遂げて悪見を破らんと欲す、将(はた)又其の義無くんば争でか悪名を痛ませられざらんや、是非に付き委く示し賜わる可きなり、恐恐謹言。
七月八日 僧行敏 花押
日蓮阿闍梨御房


[大聖人御返事]

条条御不審の事・私の問答は事行き難く候か、然れば上奏を経られ仰せ下さるるの趣に随つて是非を糾明(きゅうめい)せらる可く候か、此の如く仰せを蒙り候条尤も庶幾(しょき)する所に候、恐恐謹言。

七月十三日               日 蓮 花押
行敏御房御返事

by johsei1129 | 2019-09-16 22:31 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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