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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 10月 06日

若し善比丘あって法を壊る者を見て置いて呵嘖せずんば<略>無間地獄疑無しと断じた【南部六郎殿御書】

【南部六郎殿御書】
■出筆時期:文永八年(1271年)五月十六日 五十歳御作
■出筆場所:鎌倉市中 館にて。
■出筆の経緯:本書の対告衆である南部六郎殿とは、後に大聖人が身延山中に草庵を設けた地の地主、波木井実長のことです。
本書で大聖人は涅槃経の文を引いて「若し善比丘あって法を壊る者を見て置いて、呵嘖せずんば、の置字ををそ(畏)れずんば、今は吉し、後を御らんぜよ無間地獄疑無し」と記し、謗法を見て呵責することがなければ、自らも無間地獄疑に落ちることは間違いないと実長を厳しく諭されておられます。
具体的に実長の法華経信仰にどんな問題があったか、本書では明らかではありませんが、大聖人は実長の信仰に何らかの隙を感じとり、無間地獄に陥ることを未然に防止する意味で、厳しい指導をされたものと思われます。
事実大聖人亡き後、身延久遠寺の別当となった日興上人の指導にもかかわらず、六老僧の一人民部日向に従い、四箇の謗法(釈迦仏を造立し本尊と為す、神社参詣、念仏石塔の供養、九品念仏の道場建立)を犯し、終生法華経信仰を全うすることはできませんでした。
■ご真筆:現存しておりません。

[南部六郎殿御書 本文]

眠れる師子に手を付けざれば瞋らず流にさをを立てざれば浪立たず謗法を呵嘖せざれば留難なし。
若し善比丘あって、法を壊る者を見て置いて、呵嘖せずんば、の置字ををそ(畏)れずんば、今は吉し、後を御らんぜよ無間地獄疑無し。

故に南岳大師の四安楽行に云く「若し菩薩有りて悪人を将護して治罰すること能わず、其れをして悪を長ぜしめ善人を悩乱し正法を敗壊せば此の人は実に菩薩に非ず。
外には詐侮を現じ常に是の言を作さん、我は忍辱を行ずと、其の人命終して諸の悪人と倶に地獄に堕ちなん」云云。

十輪経に云く「若し誹謗の者ならば共住すべからず亦親近せざれ、若し親近し共住せば即ち阿鼻地獄に趣かん」云云。栴檀の林に入りぬればたをらざるに其身に薫ず誹謗の者に親近すれば所修の善根悉く滅して倶に地獄に堕落せん。
故に弘決の四に云く「若し人本悪無けれども悪人に親近すれば後に必ず悪人と成りて悪名天下に遍し」凡そ謗法に内外あり国家の二是なり。
外とは日本六十六ケ国の謗法是なり、内とは王城九重の謗是なり、此の内外を禁制せずんば宗廟社禝の神に捨てられて必ず国家亡ぶべし。

如何と云うに、宗廟とは国王の神を崇む、社とは地の神なり禝とは五穀の総名五穀の神なり、此の両の神・法味に飢えて国を捨て給う故に、国土既に日日衰減せり。

故に弘決に云く「地広くして尽く敬す可からず封じて社と為す禝とは謂く五穀の総名にして即五穀の神なり」。
故に天子の居する所には宗廟を左にし社禝を右にし、四時・五行を布き列ぬ故に国の亡ぶるを以て社禝を失うと為す。

故に山家大師は「国に謗法の声有るによつて万民数を減じ家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん」と、故に分分の内外有るべし。

五月十六日          日 蓮 花押
南部六郎殿

by johsei1129 | 2015-10-06 00:19 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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