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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 13日

日蓮・法華経の文の如くならば通塞(後生善処)の案内者なりと説いた【弥源太殿御返事】

【弥源太殿御返事】
■出筆時期:文永十一年(1274年)二月二十一日 五十三歳御作
■出筆場所:佐渡国一の谷の屋敷にて。
■出筆の経緯:本抄は鎌倉幕府の要職にあった北条弥源太が、祈祷のために太刀を二振りご供養されたことへの返書となっておられます。
大聖人は文永五年一月十八日に蒙古から国書が鎌倉に届いたことを知ると、北条時宗を始め幕府要人並びに極楽寺良観、建長寺道隆等の十一人に、立正安国論で予言した他国侵逼難が普合しことを示すととも「諸宗を御前に召し合せ仏法の邪正を決し給え」と訴えておりますが、この十一人の中に北条弥源太がいて、鎌倉幕府で相当重要な役目を担っていたと思われます。

しかしこの消息で気になるのは、何故弥源太は太刀をしかも二振りも供養されたのかということです。大聖人の佐渡での暮らし支えるには銭が一番価値があったと思われます。また何に対する祈祷なのかも本消息では示されておられません。実は本消息を記された十七日前の二月十四日、幕府は佐渡流罪の「赦免状」を佐渡の守護代本間氏に宛てて発しております。幕府要職にあった北条弥源太はこのことを知り、大聖人が無事に鎌倉に帰還できることに思いを馳せ、この佐渡流罪赦免を心よく思わない輩から大聖人を守るため、防御の刀として弟子たちが使えるよう二振り送られたのではないかと推察されます。しかし罪人に刀を供養する事は尋常でないため、敢て自らの祈祷と言う名目で供養されたのではと思われます。

大聖人もこの弥源太殿の思いを知り文中では「後生には此の刀をつえ(杖)とたのみ給うべし<中略>但し日蓮をつえ(杖)はしら(柱)とも、たのみ給うべし。けはしき山・あしき道.つえを・つきぬれば・たをれず、殊に手を・ひかれぬれば・まろぶ事なし。南無妙法蓮華経は死出の山にてはつえはしらとなり給へ<中略>日蓮さきに立ち候はば御迎にまいり候事もやあらんずらん、又さきに行かせ給はば日蓮必ず閻魔法王にも委く申すべく候」と記され、供養された刀は後生は杖となり日蓮を助けるだろう、又日蓮を貴辺の杖・柱と頼みなさい。日蓮が先だてば貴方を迎えに参るし、もし貴方が先だてば閻魔法王に貴方の志は申し上げますと、弥源太殿を称えられておられます。
また文末では「能く能く諸天にいのり申べし、信心にあかなくして所願を成就し給へ、女房にも、よくよくかたらせ給へ」と、法華経信仰を貫くよう励まされておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[弥源太殿御返事 本文]
 
 抑(そもそも)日蓮は日本第一の僻人(びゃくにん)なり、其の故は皆人の父母よりも・たかく主君よりも大事に・おもはれ候ところの阿弥陀仏・大日如来・薬師等を御信用ある故に、三災・七難・先代にこえ天変・地夭(ちよう)等・昔にも・すぎたりと申す故に・結句は今生には身をほろぼし国をそこない・後生には大阿鼻(あび)地獄に堕ち給うべしと、一日・片時も・たゆむ事なく・よばわりし故に・かかる大難にあへり、譬(たと)えば夏の虫の火にとびくばりねずみが・ねこのまへに出でたるが如し、是あに我が身を知つて用心せざる畜生の如くにあらずや、身命を失ふ事・併(しかしなが)ら心より出ずれば僻人なり。

但し石は玉をふくむ故にくだかれ・鹿は皮肉の故に・殺され・魚はあぢはひある故に・とらる・すい(翠)は羽ある故にやぶらる・女人は・みめかたちよ(美)ければ必ずねたまる・此の意なるべきか、日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あつて種種の大難にあへり、然るにかかる者の弟子檀那とならせ給う事不思議なり、定めて子細候らん、相構えて能能(よくよく)御信心候て霊山(りょうぜん)浄土へまいり給へ。

又御祈祷(きとう)のために御太刀同く刀あはせて二つ送り給はて候、此の太刀はしかるべきかぢ(鍛冶)・作り候かと覚へ候、あまくに(天国)或は鬼きり(切)或はやつるぎ(八剣)・異朝には・かむしやう(干将)ばくや(莫耶)が剣に争(いか)でか・ことなるべきや・此れを法華経にまいらせ給う、殿の御もちの時は悪の刀・今仏前へまいりぬれば善の刀なるべし、譬えば鬼の道心をおこしたらんが如し、あら不思議や不思議や、後生には此の刀を・つえ(杖)とたのみ給うべし、法華経は三世の諸仏・発心のつえ(杖)にて候ぞかし、但し日蓮をつえはしらとも・たのみ給うべし、けは(険)しき山・あしき道・つえを・つきぬれば・たをれず、殊に手を・ひかれぬれば・まろぶ事なし、南無妙法蓮華経は死出の山にては・つえはしらとなり給へ、釈迦仏・多宝仏上行等の四菩薩は手を取り給うべし、日蓮さきに立ち候はば御迎にまいり候事もやあらんずらん、又さきに行かせ給はば日蓮必ず閻魔(えんま)法王にも委(くわ)く申すべく候、此の事少しもそら(虚)事あるべからず、日蓮・法華経の文の如くならば通塞(つうそく)の案内者なり、只一心に信心おはして霊山(りょうぜん)を期し給へ。

ぜに(銭)と云うものは用に・したがつて変ずるなり、法華経も亦復(またまた)是くの如し、やみには燈(ともしび)となり・渡りには舟となり・或は水ともなり或は火ともなり給うなり、若(も)し然らば法華経は現世安穏(げんぜあんのん)・後生善処(ごしょうぜんしょ)の御経なり。

其上日蓮は日本国の中には安州のものなり、総じて彼国は天照太神(あまてらすおおみかみ)のすみそ(住初)め給いし国なりといへり、かしこにして日本国をさぐり出し給ふ、あは(安房)の国御くりやなり・しか(然)も此国の一切衆生の慈父悲母なり、かかるいみじき国なれば定んで故ぞ候らん、いかなる宿習(しゅくじゅう)にてや候らん。

日蓮又彼国に生れたり第一の果報なるなり、此消息の詮(せん)にあらざれば委(くわ)しくはかかず但おしはかり給うべし。
能く能く諸天にいのり申べし、信心にあかな(無倦)くして所願を成就し給へ、女房にも・よく・よく・かたらせ給へ、恐恐謹言。

二月二十一日 日蓮花押
弥源太殿御返事

※通塞とは一般的には竹の節のように通じる所、塞がれる所の意味。
  大聖人は、人々を後生善処に導く道案内の意味で「日蓮・法華経の文の如くならば通塞の案内者なり」
  と記されたと思われます。

by johsei1129 | 2019-10-13 20:48 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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