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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 09月 25日

観心本尊抄文段 下二七


一 問うて(いわ)其の証文如何(いかん)

此の下は次に引証(いんしょう)二と為す。初めに(まさ)しく引証、次に「疑つて云く」の下は本化(ほんげ)出現の時節を明かす。初めの正しく引証の文、亦二と為す。初めに問、次に答、(また)三と為す。初めに本門序分の文を引き、次に本門正宗(しょうしゅう)の文を引き、三に本門流通の文を引く。

文に「涌出(ゆじゅつ)品に云く」等と云うは、

問う、正しく是れ本門序分の文なり。何ぞ文底の流通(るつう)に属せんや。

答う、血脈抄に云く「本果(ほんが)(みょう)の釈尊本因(ほんにん)(みょう)の上行菩薩を()し出す事は一向(いっこう)に滅後末法利益の為なり、(しか)る間・日蓮修行の時は、後の十四品(みな)滅後の流通分なり」と云云。(げん)(せん)の第に「流通の中に至って」「三変千涌(せんゆ)す」と云えるは、即ち此の意なり。

初めの本門序分の文、亦二と為す。初めに如来不許(ふきょ)の文を引き、次に「法師より」の下は(しゃく)二と為す。初めに前後の相違を標し、次に「天台智者」の下は会釈、(また)二と為す。初めに前三後三を標し、次に「所詮迹化・他方」の下は意を取って(しゃく)を略す、亦二と為す。初めに迹化・他方を止むる所以(ゆえん)を明かし、次に「又迹化の大衆」の下は伏疑(ぶくぎ)を釈す。

初めの文に云う「所詮迹化・他方の大菩薩」とは、

問う、三種の菩薩の立名(りゅうみょう)如何(いかん)

答う、(ここ)に二義あり。

一には(いわ)く、菩薩所住の(ところ)に約す。(しょ)の九に「下方・他方・旧住(くじゅう)」と云う是れなり。本化(ほんげ)の菩薩は下方空中に住するが故に下方と云う。他方の菩薩は此の娑婆(しゃば)(ほか)の国土に住するが故に他方と云う此の他方の菩薩に対して文殊(もんじゅ)等の迹化の菩薩を旧住(くじゅう)の菩薩と名づくるなり。

二に謂く、仏の本迹の教化(きょうけ)に約す。(しょ)の十に「迹化(しゃっけ)本化(ほんげ)・他方」と云う是れなり。此れ(すなわ)ち下方の菩薩は仏の本地の教化の菩薩なり。故に本化と名づく。経に「(われ)久遠より(こにかた)(これ)()の衆を教化せり」と云う是れなり。文殊(もんじゅ)等の菩薩は、仏の迹中の教化の菩薩なり。故に迹化と云うなり。(けだ)し他方の菩薩は本地の教化にも(あら)ず、迹中の教化にも非ず、(ただ)是れ他仏の弟子なり。故に他方と云うなり。

()し此の立名を(さと)らば即ち三種の菩薩の親疎(しんそ)を知らん。若し三種の菩薩の親疎を知らば即ち諸抄の何況(がきょう)(さと)らんのみ。

文に云う「我が内証(ないしょう)の寿量品」とは、

問う、寿量品の肝心(かんじん)、妙法五字に同じとせんや、(ことな)るとせんや。()し同じと云わば、(およ)そ内証の寿量品とは(こう)(かい)(ごん)(けん)(のん)の寿量品なり。寿量の肝心、妙法五字とは久遠(くおん)元初(がんじょ)の本因妙なり。何ぞ是れ同じならんや。若し異るといわば、血脈抄に云く「我等が内証の寿量品とは(だっ)(ちゃく)寿量の文底の本因(ほんにん)(みょう)の事なり」と。(あに)同じきに非ずや。

答う、此れ(すなわ)ち脱益当分の寿量品に同じからず、種家の脱益の寿量品にも同じからず。「我等が内証の寿量品」とは、(ただ)ちに(しか)久遠元初の本因妙を()(あらわ)、故に(のう)(せん)の辺に(したが)って内証の寿量品と名づけ、所詮の辺に従って久遠元初の本因妙と名づくるなり。(しか)るに能詮・所詮に二無く別無し。故に「我が内証の寿量品」とは、(すなわ)是れ脱益の寿量品の文底本因妙の事なり。当段の文勢(もんぜい)・義意(まった)是れ此のなり。

                    

                          つづく

文段下 目次



by johsei1129 | 2015-09-25 23:44 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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