人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2015年 09月 12日

開目抄愚記 下三七


  第四十六段 
転重(てんじゅう)軽受(きょうじゅ)を明かす


一 疑つて云く
()()にとして等

  此の下は次に行者(ぎょうじゃ)値難(ちなん)の利益を明かす、(また)二あり。初めに転重(てんじゅう)軽受(きょうじゅ)、次に「涅槃経」の下は不求(ふぐ)自得(じとく)。初めの転重軽受の文に亦三あり。初めに経を引き、次に「此の経文」の下は(しゃく)、三に「日蓮」の下は結なり。

一 般泥洹(はつないおん)経等

  法顕(ほっけん)三蔵の訳六巻有り。第四・八・四依品の文なり。初めに経を引く、亦三あり。初めに過去の重罪、次に「是の諸」の下は現世(げんぜ)軽受(きょうじゅ)、三に「及び余」の下は所以(ゆえん)を結す。

一 此の経文・日蓮が身に(あたか)()(けい)のごとし

  此の下は釈、亦二あり。初めに現世軽受の八句を(しゃく)し、以て一身に合するなり。

佐渡御抄十七・二十四に云く「日蓮は此の因果(いんが)にはあらず・法華経の行者を過去に軽易(きょうい)せし故に(乃至)此の八種の大難に(あえ)るなり、此の八種は(じん)未来(みらい)(さい)(あいだ)(ひとつ)づつこそ現ずべかりしを日蓮つよ()く法華経の敵を責むるに()て一時に(あつま)(おこ)せるなり」略抄。

一 ()(ゆい)護法等

  此の下は次に結文を(しゃく)す、亦三あり。初めに文を(ちょう)し、次に「摩訶止観」の下は止観(しかん)の文を借りて以て(きょう)()を示し、三に「我れ無始」の下は釈なり。

一 摩訶止(まかし)(かん)

  第五巻三の文なり。止観の文を借りて(きょう)()を示す、亦三あり。初めに(しょ)()の法力を(えら)び、次に「今、止観を修して」の下は(のう)()の行力を示し、三に「又云く」の下は止観の意を助くるなり。

  問う、止観借用(しゃくよう)(こころ)如何(いかん)

  答う、定散(じょうさん)・権実・自行化他(こと)なりと雖も、其の(おもむき)は之同じ。故に彼れを借りて此れを(あらわ)すなり。

  問う、経には「護法(ごほう)」と云うに、何ぞ「(のう)()」等というや。

  答う、(みょう)(らく)の云く「護持とは即ち流通(るつう)異名(いみょう)」と云云。流通は即ち弘通(ぐつう)なり。故に「能説(のうせつ)・所弘」という。是れ(すなわ)ち顕し(やす)きが故なり。

一 止観(しかん)を修せ令

  「令」の字は応に「(こん)」の字に作るべし。

一 健病(ごんびょう)()ざれば等

  問う、此の下の八字の意、如何(いかん)

  答う、先ず此の止観の文は、十境の次第を釈する時、病患(びょうげん)(きょう)の次に業境(ごうきょう)の発することを(しゃく)する文なり。宿業冥伏(みょうぶく)して身中に之有り。散善の分にては動ぜざりし処に、今(えん)(どん)止観を修するが故に宿業発動するぞとなり。()五上二十三に此の文を釈して云く「(ごん)(いわ)く、(すで)に大と分とを観ずるなり。病は謂く、(すで)に病境を観ずるなり。三(みな)(かつ)て観ず、故に()けずと云う。観に()って(ごう)を動ず。故に生死の輪を動ずと云う。業相は是れ能運、生死(しょうじ)は是れ所運。生死を()するの輪なれば生死の輪と名づく」と。

  陰入(おんにゅう)境は地水火風の四大なり。煩悩境は貪瞋癡(とんじんち)等分の四分なれば、大と分とを観ずると云うなり。此の二を(ごん)というは病境に対する言なり。此の三境を()けずして観ずれば諸業(しょごう)を発動するぞと云う義なり。業を生死(しょうじ)の輪と云う事は()の文の如し。業は是れ生死を()する輪なるが故に生死の輪と云うなり。

一 我れ無始(むし)より等

  此の下は釈、亦二あり。初めに過去の重罪を()げ、次に「功徳」の下は正しく釈するなり。()し経文に()っては、過去の重罪は最も始めに()す。(しか)るに今釈する時は、結文の釈の中に之を挙げたまうこと、(ぼん)()の及ぶ所に非ざるなり云云。

一 功徳は(せん)(きょう)なり等

  此の下は、正しく護法(ごほう)力の文を釈す、亦二あり。初めに(しょ)()の法力を(えら)び、次に「鉄を熱」の下は(のう)()行者(ぎょうじゃ)(あらわ)すなり。

一 (くろがね)(やく)

  此の本拠、大宝積(だいほうしゃく)経第百十六に出でたり。

一 (いま)日蓮等文。

  此の下は第三に結文なり。「日蓮・(ごう)(じょう)に国土の謗法を責むれば」とは、即ち次下の所謂(いわゆる)今生(こんじょう)(ごほう)」なり。

一 (くろがね)火に()わざれば等

  「鉄」と「(ながれ)」と「師子」とは過去の重罪なり。「火」と「水」と「手」とは「今生の護法」なり。


                     つづく
開目抄愚記下 目次



by johsei1129 | 2015-09-12 20:54 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/24462384
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 開目抄愚記 下三八  竜の口の...      開目抄愚記 下三六  後代の弟... >>