日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 09月 04日

南無妙法蓮華経と心に信じぬれば、心を宿として釈迦仏懐まれ給うと説いた【松野殿女房御返事】

【松野殿女房御返事】
■出筆時期:弘安三年(1289年)九月一日 五十九歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は南条家と近親の松野入道の妻に与えられた消息です。
本書を記した弘安三年九月は、前年の弘安二年十月十二日に大御本尊を建立し「出世の本懐」を遂げられてからほぼ一年が経過した時期で、熱原の法難も一段落つき、弘安元年から始められた弟子への法華経の講義も五月二十八日に終えられておられ、心穏やかな日々を過ごされていたことが伺えます。
 本抄で大聖人は、南無妙法蓮華経と題目を唱えることを女性が子を懐妊することに譬え「法華経の法門も亦かくの如し。南無妙法蓮華経と心に信じぬれば、心を宿として釈迦仏懐まれ給う。始はしらねども漸く月重なれば心の仏夢に見え悦こばしき心漸く出来し候べし」と記し、胎児がおなかの中で育まれるように、仏の命が育まれ、夢に見え歓喜の思いが生じる」と明言されておられます。
さらに法華経を信じ続けることは水が風に動くように虚ろい易い事であり、これまで法華経信仰を貫かれた松野殿女房を「たのもししたのもしし」と讃えられておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

[松野殿女房御返事 本文]
 
白米一斗芋一駄梨子一篭名荷はじかみ枝大豆ゑびね旁の物給び候ぬ。

濁れる水には月住まず枯たる木には鳥なし、心なき女人の身には仏住み給はず。
法華経を持つ女人は澄める水の如し、釈迦仏の月宿らせ給う。
譬へば女人の懐み始めたるには吾身には覚えねども、月漸く重なり日も屡過ぐれば初にはさかと疑ひ後には一定と思ふ。心ある女人はをのこ(男の子)ごをんな(女)をも知るなり。

法華経の法門も亦かくの如し。南無妙法蓮華経と心に信じぬれば、心を宿として釈迦仏懐まれ給う。
始はしらねども漸く月重なれば心の仏夢に見え悦こばしき心漸く出来し候べし。


法門多しといへども止め候、法華経は初は信ずる様なれども後遂る事かたし、譬へば水の風にうごき花の色の露に移るが如し、何として今までは持たせ給うぞ是偏へに前生の功力の上釈迦仏の護り給うか、たのもししたのもしし、委くは甲斐殿申すべし。

九月一日                          日 蓮 花押
松野殿女房御返事




by johsei1129 | 2015-09-04 21:52 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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