日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 08月 28日

観心本尊抄文段 下九

 
  第八段 広く本尊を釈す


一 問うて(いわ)く正像二千余年の間等

此の下は次に広く(しゃく)す、二と()す。初めに問、次に答。
 初めの問、二と為す。初めに所聞を(ちょう)じ、次に「此の事」の下は請益(しょうやく)なり。

初めの文に「本門寿量品の本尊」と云うは、是れ正釈の中の人即法の本尊を牒ずるなり。「(なら)びに四大菩薩」とは、是れ(けつ)(もん)の中の法即人の本尊を牒ずるなり。

問う、「本門寿量品の本尊」とは、(まさ)是れ本門寿量の教主、色相(しきそう)荘厳(しょうごん)の釈尊なるべし。「並びに四大菩薩」とは、(また)応に身皆金色、三十二相の四脇士(きょうじ)なるべし。何ぞ当文を以て人法に配すべけんや。

答う、前に(すで)に明かす所の本尊の為体(ていたらく)、塔中の妙法蓮華経は本尊の正体なり。釈迦・多宝は妙法蓮華経の脇士(きょうじ)なり。四大菩薩は(また)釈迦・多宝の脇士なり。()(しか)らば(いま)何ぞ正体の本尊を()げずして(ただ)両重の脇士のみを(ちょう)ずるや。(いわん)や所難の義勢の如くんば、(ただ)是れ「彼は(だつ)」の本尊にして「此は(しゅ)」の本尊に(あら)ず。問答の起尽(きじん)如何(いかん)是れを通ぜんや。

問う、(いま)法即人の本尊を四大菩薩と云う(こころ)如何(いかん)

答う、是れ(しょう)(ぜん)顕後(けんご)の徳有るが故なり。(いわ)く、前の自受用(じじゅゆう)を摂し、後の日蓮を(あらわ)す故なり。
 故に「名異(みょうい)(たい)(どう)」の相伝に云く本地(ほんち)自受用(ほう)(しん)垂迹(すいじゃく)上行(じょうぎょう)菩薩の再誕(さいたん)・本門の大師日蓮」等云云。

問う、若し爾らば(まさ)に「並びに上行菩薩」と云うべし。何ぞ「四大菩薩」と云うや。

答う、「四大菩薩」と云うと(いえど)も、意は別して上行に()り。故に言は総、意は別なり。故に救護(くご)本尊に「上行菩薩世に出現」と云うなり。下の文に云く「此の時地涌(じゆ)の菩薩始めて世に出現し」と云云。(また)云く「此の時地涌千界(せんがい)出現」等。之に准じて知るべし。

一 答えて(いわ)法華経部八巻等

此の下は次に答(おのずか)ら五あり。

初めに代の三段、次に十巻の三段、三に迹門の三段、四に本門の三段、五に文底の三段なり。(まさ)に知るべし、第内外(ないげ)相対、第二は(ごん)(じつ)相対、第三は権迹相対、第四は本迹(ほんじゃく)相対、第五は種脱相対なり。

有る時、()して云く、答の文、亦二と()す。

初めに往総の三段、次に「又法華経に於て」の下は再往別の三段。

初めの総の三段、(また)二あり。初めに代三段、次に経三段。

次に別の三段(また)三と為す。初めに迹門熟益(じゅくやく)の三段、次に本門脱益(だっちゃく)の三段、三には文底下種の三段なり。

(およ)そ総の三段は別の三段を(あらわ)さんが(ため)なり。故に往と名づくるなり。別の三段は(まさ)しく本尊を明かす、故に再往と云うなり。

別の三段の中に於て、迹門熟益の三段は今家(こんけ)(しょ)(りゅう)の第の教相、(すなわ)ち熟益の本尊を明かすなり。

次に本門脱益の三段は今家所立の第二の教相、即ち(すなわ)脱益の本尊を明かすなり。

三に文底下種の三段は今家所立の第三の教相、即ち下種の本尊を明かすなり。代聖教の方寸(ほうすん)を知るべし云云。



          
つづく


文段下 目次



by johsei1129 | 2015-08-28 23:10 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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