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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 08月 18日

観心本尊抄文段 下二


一 ()れ即ち()(しん)の三千具足(ぐそく)

()下は次に在世の観心を明かすなり。「(これ)(すなわち)」の二字は即ち上の文を指す。(いわ)く「本時の裟婆」は即ち是れ本国土依報(えほう)千なり。「仏」及び「所化」は本因本果、生蘊(しょうおん)の二千なり。是れ即ち身子(しんし)等が()(しん)の三千具足、三種の世間なり。(みょう)(らく)の記の九末五十九に云く「故に長寿(ちょうじゅ)を聞い(また)宗旨(しゅうし)(りょう)す」等云云。謂く、身子等本因本果の長寿を聞いて、(また)唯円即観念三千の宗旨を了するなり。

血脈抄に云く「一品二半は舎利(しゃり)(ほつ)等の(ため)には観心たり、我等・凡夫の為には教相たり」等云云。

問う、忠抄の意に云く「『今本時』の下は在世に約し、『()れ即ち己心』の下は末法に約す」等云云。辰抄(しんしょう)に云く「『此れ即ち()(しん)の三千具足(ぐそく)』とは、(れん)()門弟の信者行者(ぎょうじゃ)の己心の念三千なり」云云。此の如何(いかん)

今難じて云く、上の「()れ始め」より下の「()くの如し」に至るまで、(みな)在世に約せる連の釈相(しゃくそう)なり。(いわん)(また)此の段は(ただ)本門に約す故に「迹門十四品には(いま)だ之を説かず」等と云うなり。何ぞ(ただ)此の文のみを別して末法に約すと云わんや。況や(みょう)(らく)の釈及び蓮祖の相伝に()するをや。況や(また)()いて此の文を取って、以て末法の観心と()し、在世上達の観心を以て末法下機の観心と為さんをや。(あやま)れるかな、謬れるかな。

一 此の()門の肝心(かんじん)、南無妙法蓮華経の五字に於ては等

此の下は三に文上(じゅく)(だつ)の本尊を(えら)び、文底下種の本尊を明かす。文を(わか)って三と為す。初めに付嘱の人を明かし、次に「其の本尊の為体(ていたらく)」の下は(まさ)しく遺付(いふ)の本尊の相貌(そうみょう)を明かし、三に「是くの如き」の下は末法出現を結す。

初めの付嘱の人を明かすに、亦三と為す。初めに付嘱する所の法体(ほったい)を示し、次に非器(ひき)の人を(えら)び、三に正しく付嘱の人を示す。

文に「此の本門の肝心(かんじん)」と云う是れ文上熟脱の本尊を簡ぶなり。中に於て「(この)本門」の三字は熟益(じゅくやく)の迹門の本尊を簡び、「肝心」の二字は文上脱益(だっちゃく)の本尊を簡ぶなり。「南無妙法蓮華経の五字に於て」とは是れ文底下種の本門、事の念三千の本尊を明かすなり。此れ(すなわ)本化(ほんげ)所嘱の法体なり。(にち)()云く「本迹の不同、在世滅後の本尊、()く能く(こころ)を留む可きなり」云云。文上は()(ごん)の本迹、文底は(しゅ)(だつ)の本迹なり。故に「本迹の不同」と云うなり。文上脱迹(だつしゃく)は在世の本尊、文底の種本は末法の本尊なり。故に「在世(ざいせ)滅後の本尊」等と云うなり。

次に非器の人を(えら)ぶとは、即ち是れ文殊(もんじゅ)(やく)(おう)等なり。天台(てんだい)云く「器に(あら)ざれば授くること()かれ」等云云。三に正しく付嘱の人を示すとは、即ち是れ「地涌(じゆ)千界(せんがい)」なり。

一 (ただ)地涌千界を召して八品(はっぽん)を説いて(これ)を付属し給う

「八品を説いて」とは、通じて本化付嘱の始終(しじゅう)を示すなり。「之を付属」とは、別して寿量の肝心(かんじん)を付嘱するを示すなり。

(いわ)く、涌出品に付嘱の人を召し出だし、寿量品に所嘱の本尊を説き(あらわ)し、分別品に此の本尊に於て()念の(しん)()を生ずる功徳を明かし、随喜品に此の本尊を聞いて五十展転(てんでん)する功徳を示し、法師功徳品には此の本尊の五種の妙行の勝利を明かし、不軽(ふきょう)品には此の本尊の末法弘通(ぐつう)方軌(ほうき)を示し、神力品には別して此の本尊を(まさ)しく本化に付し、嘱累品には地涌(じゆ)の菩薩、付嘱を受け(おわ)って座を退いて帰去せり。

故に知んぬ、八品は(ただ)是れ付嘱の始終なり。(ただ)地涌千界に此の本門の肝心(かんじん)、南無妙法蓮華経の五字を付嘱す。故に「八品を説いて之を付嘱」と云うなり。

(せん)の末十六に云く「今の釈迦仏は本迹を説き(おわ)って、総じて枢要(すうよう)()って諸の菩薩に付嘱す」等云云。(げん)の七・四十二に「今日(こんにち)、本門を説いて切諸仏の所有の法を付嘱す」等云云。(まさ)に知るべし、(みょう)(らく)経三段の意に約し、通じて部の始終を()ぐ。故に「本迹を説き」等と云うなり。大師は二経六段の意に約し、別して本門の始終(しじゅう)を示す。故に「本門を説いて」等と云うなり。今()(れん)()は本化の在座に約し、付嘱の始終を明かす。故に「八品(はっぽん)を説いて」と云うなり。三師の解釈(げしゃく)()之を思うべし。


          つづく

文段下 目次




by johsei1129 | 2015-08-18 20:35 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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